「原田くんって超かっこよくない?」
「かっこいー!!出待ちして、サインもらっちゃう?」
「私写メりたい!」



巧が高校1年生で甲子園のマウンドに上がり、次々とバッターを三振で抑えると、いつの間にか試合が終了していた。巧が投げた試合はそう思うくらい、短時間で終了する。 優勝という大挙を達成した後、巧は時の人となった。

地区予選から大勢のギャラリーがいる。土日ともなれば半端じゃない。甲子園でファンになったのだろう、女の子たちがテンションを高くして、「巧」を見に来ている。野球を楽しみたい。 あの強力な打線を生で観たい。そんな想いは全くないのだ。「原田くんとコミュニケーションが取りたい」から来た。そんな、まるでアイドルにでも会うかのようなテンションの高い声が、私のイライラを募らせる。

ソレが伝わったのか、が笑って「巧くん、今日もかっこよかったね」と大きな声で私に尋ねてきた。・・・わざとだな、とすぐに気付く。は良からぬ事を企むのがすきな人だ。 ソノ、の作戦に引っ掛かった女の子たちが、「あの子達も原田くんのファンみたい」とクスクス笑っている。ファンなんてもんじゃない。だいすきなんだ。



「当たり前でしょ。巧をなんだと思ってんの?」



の作戦に乗るとなんだか楽しくなってきた。イライラが薄れ、晴れ晴れとした気分すら覚える。それと同時に少し、巧を使って自慢している嫌な女みたいで後ろ髪を引かれる思いだ。

が次になんと返してくるのかは、わかっていた。そう言わせる様なために、私はさっきの言葉を紡いだのだから。私、本当に嫌な女かもしれない。なんだか見栄を張っているみたいだ。

でも、許せないんだ。巧をただかっこいいという女の子が。顔だけで決める女の子が許せない。今までなにを観ていたのか聞いてみたくなる。一試合、丸々観て、「かっこいい」しか出て来ない? 巧の球を観ていない、なによりの証拠だろう。アイドルじゃないんだから。スポーツは顔で戦うものじゃないでしょ?

は一瞬私を見て、面白いものを見つけた子供のようにニカッと笑った。



「巧くんは、あんたの彼氏じゃと思うてます!」



そう言い終わらないうちにさっきの女の子たちが私たちを見て来た。睨んでいるような、泣きそうな、なんとも言えない表情をしている。 なにか用?と、仕掛けたのは私たちなのに、そう尋ねてみたい衝動に駆られる。私、サッカーで仕掛けるのはだいすきだと自覚していたけれど、実はこういう日常生活でも仕掛けるのがだいすきかもしれない。

ソノ気持ちを抑えていると、ケータイのバイブが伝わってきた。サブディスプレイには「巧」と写し出されている。



「あ、巧からメールだ」



これこそ、ほぼ独り言の様にボソッと口を突いて出た。まだメールが出来る状態じゃないと思っていたから、驚いて口に出てしまったのだ。あの女の子たちには、こっちの言葉が心に刺さったらしい。 「ほんまに?」と確かに聞えた。



「巧くん、なんじゃて?」
「一緒に帰れるかってさ。どこにいるって。ここどこだろ?人の流れに任せて球場から出てきたからなあ・・・」



周りをキョロキョロと、なにか目印になりそうなものがないか探していると、A2ゲートという文字を発見した。A2ゲートの前にいるよ、とメールを打つ。きっと巧から「了解」なんて返事はこない。 巧なら、そんなもんだろう。もう慣れっこだ。



ー、私お邪魔じゃから、巧くん来たらさっさと帰るよ」
「えー、気にしなくていいのに」
たちはよくても、うちがいやなんじゃよ!」



突然、近くで歓声が上がった。もともと大勢の人たちでうるさかったのに、更にうるさい。なに、誰がいるの。もしかして巧?まさかね、こんなに歓声は上がらないでしょう。プロの野球選手でも観に来てたのかな? お、それなら気になるな。誰?その歓声の中心は誰?




いなくなっちゃうんじゃないかって、




A2ゲートにいるとメールを貰って、オレはA2ゲートから外に出た方が人が少なくていいと思い、スタンドの通路を歩いていた。途中「あ、原田くんや!」と何度も声を掛けられたけれど、足を止めることはなかった。 早くのとこ行って、帰りたい。一試合ごとのインタビューがめんどくさい。

A2ゲートを見つけ、外に出ると、まだ人がたくさんいた。オレの前にいたやつが「巧くん!」と馴れ馴れしく名前を呼ぶから、周りに人だかりができてしまった。 なんで知らないやつに下の名前で、纏わり付いてくるような声で呼ばれなきゃならないんだ。そんな声で「サイン下さい!」「原田くんッ!」と呼ばれている中、確かにの声が聞えた。透き通った声で「巧」と呼ぶ。 聞えた方を探すと、は人ごみに埋もれそうになりながら、オレの方へ近づいてきた。、と一言呼ぶ。やっと見つけた。帰って、今日はの料理が食いたい。ん家に帰ろう。

伸ばしてきた手を迷わず掴む。すると、少しスペースが出来て、軽く引っ張るとオレの胸に飛び込んできた。誰かの足に躓いたらしく額を強く打った。 「巧、ごめん」と笑って見上げられると、今すぐ両手でを包みたい衝動に駆られる。ソノ衝動を抑えて、気を付けろよと意味もない注意を口にする。



「帰ろうぜ。今日はん家な」
「そしたら、私ごはん作るんだね?」
「うん。の手料理食いたい気分」



周りのやつらがどうでもよくなって(もともと、どうでもいいけど)と話していたけれど、「彼女!?」「誰!?」という声が耳に入ってくる。一体、いつまでソノ声を聞いていなきゃならないんだ。 いつまで囲んでられなきゃならない。退けよ、と叫びたかった。叫ぶことは容易かった。



「じゃ、帰りながらメニュー考えよ。あ、すいませーん。ちょっと、よけてください」



マイペースに人混みを掻き分けて進んでいくに少し笑って、後を追う。急に右腕を掴まれた。身体が拒否反応を起こす。立ち止まって、振り返ると知らない女の人が立っていた。腕を振って、ソノ手を振り払う。
なんだこいつ。



「アノ人、彼女?」



どうしてそんなことをわざわざ聞くのだろう。見てもわからないのか。それに、なんの関係もない、こいつに答える筋合いはない。がオレを呼んでいる。一言教えといてやろう。



「オレの大切な人」



目を見て、そうはっきりと口にすると、身を翻しての元へと急ぐ。「どしたの?」と首を傾げるの手を取る。そのまま黙って歩くオレの横をも黙って歩く。再び「どしたの?」と尋ねてくることはない。

唐突に口にした言葉は「今日、なに食べたい?」家にあるものだったら、オムライスぐらいしか作れないらしい。なんでもいいさ。との買い物は嫌いではなかったけれど、これから行く気にはなれなかった。



「じゃ、オムライスと・・・なんか作ろうか」
「ソレでいいよ。に任せる」



家に帰る間、はずっと今日の試合のことを喋っていた。今日の試合も興奮した。7回に出た150kmのストレートに鳥肌が立った。センターからのレーザービームに感動した。 の声で紡がれる野球の言葉が心地良い。今さっき試合が終わったばかりなのに、まだボールを投げたいと心が騒ぐ。

オレの中心が野球のように、の中心はサッカーだ。なのには野球でこんなに嬉しそうに笑っている。オレには無理だな。そう思う。感情豊かなが少し羨ましいとさえ思う。だから、オレはに心惹かれたんだ。



、野球すきなのか?」
「巧の野球がすきだなー。この前、巧が私のプレー観て、すごいって言ってくれたでしょ?あんな感じ」
「・・・ふーん」



サッカーなんて全然観ないオレでもは上手いと感じた。しなやかな強さを持っていた。ただ、すごいと思ったからそう言ったのだ。

そうか、と納得する。あの気持ちを言葉に換えるのは難しい。本能で感じたものは感じた人間にしかわからない。がすきだというこの気持ちと同じように。



「今日、巧アイドルみたいだったね」
「は?」
「キャーキャー言われてる中心は誰!?プロ野球選手!?って思って見たら巧だった」
「うるさいだけだっただろ」



いきなり腕を掴まれたことを思い出した。余計なことを言ったかもしれない。でも、嘘は言ってない。オレの大切な人。だから、手を出したら許さないからな。そこまで想える唯一の存在。
オレの弱点なことも自覚しているつもりだ。



「青波も呼ぼうか?オムライスパーティーに」
「いつからパーティーになったんだ。それに、あいつはいいよ、呼ばなくて」
「なんで!青波に会いたい」
「オレだけじゃ不満なのかよ」



を見やると、何度も瞬きをしてこっちを見ていた。なんていう顔してんだ。そんなに驚くようなこと言ってないだろう。

もう家はすぐそこだ。早く、オムライスパーティーでもなんでもいいから、作ってくれ。

名前を呼ばれて、振り向くとの後ろの夕焼けに目が奪われた。オレンジに染まった空。キレイだ。ソレをバックにはにかむには心が奪われる。



「今、ここでぎゅってされたら、私サッカー捨てれる気がする」
「ばか。捨てられないくせにそんなこと言うな」
「だって、巧にときめいちゃったんだもん」



一つ息をはいて、手招きするとは嬉しそうに笑って、オレの胸に飛び込んできた。




心配した
 (野球の匂いがすると、呟いた)




080621 家長碧華
 タイトル提供:ユグドラシル