「さんって男子に近づくためにサッカー部に入っとるっぽいよね」
「女子一人やしね。今もキャプテンと楽しそうにしゃべっとるし。朝練ちゃうん?ってかんじ」
窓側の一番後ろ、自分の席に座っていると「」という言葉が聞えて無意識に耳を澄ませる。・・・陰口か。いつもなら、こんな陰口はなんとも思わない。
嫌な気がする程、お人好しではないし、良い気がすることはない。そこまでオレは落ちぶれていない。でも、今回は腹立たしさを感じる。自分の彼女を悪く言われたからとか、そんな理由ではない。
特別な感情がないわけではないけれど、単純にサッカーを楽しんでると思える人間にどうしてそんな言葉が言えるのかがわからない。
二人のうち、一人の女子と目が合った。同じクラスでオレとの関係を知らないやつはいないはずだ。おもむろに目を逸らし、もう一人の女子の手を引っ張り、教室を出て行った。
グラウンドに目をやるとがキャプテンらしき人に笑顔で頭を下げていた。誰も居ないグラウンドで一人、はリフティングをやっている。難しいものにチャレンジしているようで、何度もボールを落としている。
リフティングはすきだとこの前聞いた。ボールに慣れるのに最適な練習で一人でもできると力説されたから、よく覚えている。
あの姿を見て男目当てだと言えるのか。サッカーがすきなやつなんだなと素直に思えないのだろうか。さっきの笑顔が男に媚を売る様に見えてしまうくらい、ひねくれた性格の持ち主なのか。
自分の性格の醜さに気付いたらどうなんだ。
に伝えようか。今まで考えた事もない言葉が浮かんできて自分に驚いた。に伝えてどうするんだ。
そんなことをぼーっと考えているとチャイムが鳴った。同時にが走ってやってくる。ギリギリまでグラウンドにいるはいつも走って教室へ来る。
自分の席に着くまでに「、おはよう!」「はよー!」「、昨日のサッカー観たか?」「観たよ!誰に聞いてるの?」と次々と声を掛けられる。はいわゆる人気者だ。
ソレを良く思ってないのが、さっきの女子二人か、とクラスを見渡すと、二人とも席に着いて静かにしている。
「巧、おはよう?」
「おはよ」
「どしたの、なんかあったの?」
「なんでだよ」
「・・・オーラ?」
オレの隣の席に座り、エナメルバックの中をごそごそと漁る。何かを探しているらしい。そのエナメルバックも傷や汚れがあり、使い込まれている感のあるものだ。
普通に部活に出ていれば、おのずとエナメルバックはそうなる。
それこそ、オーラだろう。モノには使っている者の性格が反映される。野球のグローブやミット、スパイクなどを見ればわかるように。本気で野球が、サッカーがすきな者からしか感じ取れないオーラ。
そのオーラをオレもも纏っているはずだ。
「オーラじゃない!雰囲気だ!」
「・・・ほぼ一緒だろ」
「そっか、一緒か!」とくすくすと笑う。自分で言ったことだろう。そんなに笑えることなのか。エナメルバックから取り出したのは、ペンケースと一冊のノート。
ノートの表紙にはサッカー日記No.2と青の文字で大きく書かれている。サッカーをした後には必ず書いているらしく、一言「楽しかった」とたったそれだけで終わっているものもあった。
コレを見返したときに「自分はこんなにサッカーがすきなんだって気付ければいい」から、書くことはそのときの気分に任せているらしい。上手くいていないときや悩んでいるときの文章の量はすごい。
書くと少なからずスッキリするようで、ダラダラと長くなると言っていた。
「で、どしたの?なにがあったの?」
「なにもないけど」
「・・・巧が言いたくないなら、いいか」
はそう言って、ノートを広げた。真剣な表情で書くの指先を見ていた。かわった持ち方をしているの指。細くて、きれいだと思った。その指で、手で書かれる文字に目がいく。
「巧」という文字が目に飛び込んでくる。オレ?サッカーとは全く関係ない自分の名前が出てきて、おどろいた。その後の分を目で追う。
巧のオーラがいつもと違う。そう書いて、はノートを閉じた。ソレで終わりか?それじゃ、ただの日記だろう。それにオレはいつもと一緒だ。さっきのへの陰口を引きずっているわけじゃない。
オレが引きずって、どうする。
「言いたくなったら言ってね。聞くから」
言いたくならない。そう言おうとして止めた。こんなことで悩んでいる自分がめんどくさい。なら、この感情を人に伝えるのはもっとめんどくさい。はそんなオレをわかってか、追求してくることはなかった。
必要以上にまとわり付いてこない。傍から見れば本当に付き合ってるのかと疑問がわく。オレたちはそんな感じだった。
のことがちゃんとすきなのかと問われれば、すきだと答えられる存在だ。すきだ、失いたくないと唯一思える。なんだか不思議だった。自分にすきな人が、失いたくないと思える存在ができるとは。
吉貞が前に「原田のどこがすきなんじゃ!」とに聞いていた。は特に考えたりもせずに「すきだか、すきなの」と笑った。らしいと思い、オレもつられて笑う。吉貞だけが、納得いかない、という顔をしていた。
「性格なんて良いとこないし、目つきも悪いし、態度もふてぶてしいのに、可愛い彼女連れて歩きおって・・・!どういうことじゃ、原田!」今度はオレに質問かよ、と心の中で舌打ちをする。
「すき同士なんだから、仕方ないだろ」そう言ったら、吉貞は黙った。なんだこいつ、誰かに片想い中なのか?と思っただけで、後のことは覚えていない。きっとどうでもいいことだったんだ。
「サッカーやりたいな」
「ついさっきまでやってただろ」
「アレは朝練だよ。試合がやりたい、男女関係なく」
最期に付け足した「男女関係なく」という言葉が少し重かった。朝の女子二人のことも全部知っているように聞える。本当に知っているかはわからないけれど。
から、なにか言ってくるなら、オレはのために力になろう。今まで、そんな類の相談をされたことがなかったから、気にもしなかった。担任がドアを開けて、眠そうな顔でやってきた。
教室の外には青い空が広がっている。オレも野球がやりたい。なにも考えなくていい、投げることに集中できるマウンドに立ちたい。
「原田、なに見とるんじゃ」
「サッカー部」
「を見とったんじゃろ」
「も含めてサッカー部を観てたんだよ」
部活の休憩中は気付いたらサッカー部を観てしまう。その中でも、は目立つ。女子だから、というわけではない。動きが他よりもなめらかで、キレがあり、よく動いていて、自然と目で追ってしまう。
周りの動きのトロさが目立つのかもしれない。
オレに気付いたがニッコリ笑って手を振る。随分ご機嫌だな。ばかと口の形で伝えるとは更に笑った。先輩に声を掛けられたらしく、後ろを振り返る。オレもグローブをはめ、ボールを投げ入れる。
「吉貞、休憩終わるぞ。いつまで観てんだよ」
「あんな男の中に女子一人。・・・原田心配にならんのか?」
「別に」
「そんなことないじゃろ!」
「はサッカーがやりたくて、やってんだよ」
「休憩終了じゃぞー!」とキャプテンが叫ぶ。後一時間で部活も終了だ。グズグズしている吉貞を置いて、豪の隣へ走っていく。
部活中にあんな笑顔を見せられる程、楽しいってことならオレが心配することはなにもない。
「原田はマウンドじゃ」
「はい」
マウンドの土を均す。18.44M先に豪のミットがある。今のオレが求めるのは、そのミットだ。豪がミットを拳で打つ。乾いた音がする。自分の中で着火音が聞え、スイッチが切り替わる。
掌の中のボールの鼓動を感じ、大きく振りかぶった。
2文字じゃ足りない
(サッカー部エースと野球部エースのビッグカップルはなんか一般にはわからんなあ)(なに親父みたいなこと言ってんだよ)
080706 家長碧華
タイトル提供:てぃんがぁら