「私の名前は、L・Lawlietです」
「・・・どした、の?」
は勘の良い人だ。いや、程良くなくても気付くだろう。今まで、教えることはできないと頑なに拒んできたものをサラリと言ってのけたのだ。なんの前触れもなく。唐突に。
デスノートに名前を書き込んだ以上何も怖がるものはない。だから、に教えたかった。自分の名前を教え、の声で自分の名前を紡いで欲しい。この望みは叶う事のないものだと思っていた。
愛しい人に本当の名前すら告げられず、そして呼ばれることもなく死んでいくのだと。だが、今はチャンスだ。今しかない。あれだけ知りたがっていた私の名前を知ったというのにの表情は強張ったままだ。
「なにがあったの」
がこんなに焦る表情をするとは意外だった。焦る、とはちょっと違うかもしれない。驚き?いや、なにか見たこともないようなものを見ている感じだ。
喜怒哀楽を素直に出す人ではあったが、いつもどこかに余裕を持ち合わせていて、こんな表情を見るのは初めてだ。
の推理はどこまで当たっているのだろう。のことだから私が自分の名前をデスノートに書き込んだ、ということはお見通しだと思う。それなら、ほぼ当たっている。流石だ。
一般市民としてはもったいない程の賢い頭脳を持っている。松田よりも役に立っていることは間違いない。
・・・私はそんな泣きそうな顔が見たいがために自分の名前を紡いだわけではない。微笑んで呼んで欲しい。なら笑顔で呼んでくれると思ったのだが、どうやら私の推理は外れたようだ。
痛恨のミス、とやらをこんな大事なときにやってしまった。
「今、が考えていることにほぼ間違いはないと思います」
「デスノートに名前を書いたの?」
「はい」
「だから、私に名前を教えてくれたの?」
「はい」
「私に名前を呼んで欲しくて?」
「はい。凄いですね。そこまでわかっていたんですか?なんだか恥ずかしいです」
は僅かに微笑み、すぐにソノ表情は崩れた。
(ああ、泣かないで下さい)
いつもの様に笑って欲しい。に泣かれると、どうしていいのかわからなくなる。どんな言葉を掛ければいいのか。こういう経験が全くない私は、オロオロとぎこちなく抱きしめることしか知らない。
何の言葉も掛けてあげられない。これ程、自分が情けないと感じることはない。
私の隣でいつもの私の座り方と同じような格好で座っている。膝に顔を埋めて微かに震えている。声を漏らさない様に泣いている。
泣かないで下さいと言えば言う程、泣き止む気配が薄れていくのは気のせいだろうか。
「Lは、ばかだよ」
くぐもって聞き取りにくい声を私は耳を澄まして聞き取る。どんな言葉も聞き逃さないように。
「世界一の、ばか」
「はい。私は世界一のばかかもしれません」
「・・・ばかじゃないって、言い返してよ・・・ッ!」
今まで膝に埋めていた顔をバッと上げ「世界一の名探偵でしょ!?」と涙の跡を頬の上に作り、一気に言い立てる。目が赤い。ソレが痛々しい。私のせいだ、と罪悪感に苛まれる。
今更、私の成した行為が無責任だったということを感じだ。
(もう、遅いんです)
こうしないと私は夜神月に殺されていた。そう言っても無意味だ。は多分理解している。私より冷静に客観的に捉えることに長けている気がした。
今は冷静にとは言える状態ではないけれど・・・なんだか負けた気分だ。
理解はしている。しているけれど、受け入れられない。そんなところだろうか。自分で制御が出来ないのだろう。涙を止める方法すら忘れてしまったように。
ほら、今も私は何もできずオロオロとするばかり。ぎこちなくの頭を軽くポンポンとするが何の効果もない。
「残りの私の人生は全て、に捧げます」
コレで許されるとは思えない。むしろ、重いかもしれない。勝手に寿命を決められ、ソレを押し付けられる。重い。言ってしまってから気付いても遅い。
反応のないが恐く感じる。喜怒哀楽を素直に出すとさっきも述べたが、だから、今無表情で私を見つめているが恐い。嫌なら嫌だとはっきりと顔に出して、もしくは口に出してもらって構わない。
まあ、そんなことを言える立場ではないのはわかっている。
おもむろに涙を拭い、しっかりと私の視線と絡めてくる。まだ目に涙を溜めてはいるが、強く、意志を持った目をしている。何かが変わった。の中で一つ区切りがついたのだろうか。受け入れることができたのか。
「それくらいしてもらわないと、気が済まない」
「・・・良かったです」
「なにも良いことなんて、一つもない」
「残りの人生全部なんて重いと言われて、拒否されるのではないかと覚悟していました」
「軽い」
「え?」
赤くなった視線と更に絡まる。ただじっと見つめているとの方から視線を逸らした。なにか言葉を探すように。自分の気持ちを伝える言葉を探している様だ。
軽い?軽いわけがない。人の人生を軽いと言いのけた唇に視線を下げる。グロスを塗っているわけではないのにの唇はどこか色っぽく思わず触れて、自分の唇を重ねてしまいたくなる。
そっとの頬に右手を添えると、不思議そうな表情で見上げてくる。そのまま私はの唇を奪った。
残りの人生が限られている。我慢なんてしている場合ではないと今、気付いたのだ。そう思うと少しずついつもの私に戻れた気がした。の唇の感触で完全に私に戻れて、本能のままにを抱きしめた。
シャンプーの匂いがほのかにして、後頭部に右手を添える。温もりが、人の温もりが心地よかった。離れたくなかった。離したくなかった。
一ヶ月もなく、この温もりを感じられなくなると思うと、今度は私が泣きたくなった。切ないという気持ちを初めて知った。
「そろそろ、離れても・・・」
そう言われて、渋々離した。でも、ピッタリ隣に寄り添い、私はいつもの姿勢で座る。ふいに小さな笑い声が聞こえた。がこちらを見て笑っている。久しぶりに笑い声を聞いた気がして、私の頬も緩む。
実際には1時間くらいの笑い声を聞いていないだけなのに。
やはり、は笑顔が一番似合っている。私が死ぬまでもう涙など流させはしない。私が死んだ後も泣いてはほしくない。誰が涙を止めるのか。
いや、ソレ以前にに好意を寄せる男が現れて、そいつと私との関係の様になるかもしれない。私の知らない男とキスをして、抱き合うなんて許せない。でも、が幸せならそこは、そこだけは我慢しよう。
だからといって、死ぬ間際に「死んだ私に囚われる必要などありません。自由に生きて、すきな人ができて、恋をしても後ろめたさを感じることもないんですから」などと言うつもりはありません。
最後の私からのいじわるだ。その変わりに、
「私はずっとの側に居ます。忘れないで欲しい。が私を忘れたら、L・Lawlietは完全に死にます」
「うん」
「二度も私を殺さないで下さい。切ないです」
「私はLを殺さないよ。側に居てもらうんだもん」
その後に紡がれた私の本名は、今まで感じたことのない感情にさせてくれた。くすぐったいとはこんな気持ちなんですね、ワタリ。
涙で滲んだ朝焼け
(L・Lawliet。やっと、言えたね)
080727 家長碧華
タイトル提供:vague