青い空が広がる、なんの変哲もない午後の授業。起きて真面目に話を聞けなんて、無理なことだ。実際数人の生徒が落ちているのが、イチバン後ろの席からよくわかる。隣でまで気持ち良さそうに眠っている。
が気持ち良さそうに眠っているのは、今に始まったことではないから別になんとも思わないけれど。
この授業の教師が教師だから、こんなに気持ちよく寝れるのだろう。まだ30を超えて少ししか経ってないという、ソノ男の教師は生徒に人気がある。
高校生と一緒にしゃべって笑って、表情豊かなところが更に若く見せているのかもしれない。「女子高生と付き合って良い大人は高校教師だけだ」が口癖のようなものになっていて、まだ独身なのかと笑われる。
教師らしくない教師。オレの中には、それくらいのことしか浮かんでこない。あまり興味も沸かない存在だった。
今日の授業も半分はほったらかしにされ、まだ黒板はきれいなままだ。いつもの口癖を、視線を窓の外に向け聞き流す。
(オレも寝ようかな)
そう思い目をつむった瞬間名前を呼ばれた。ゆっくりと目を開ける。はい、と返事をする代わりに視線をぶつける。なんでか、嬉しそうな笑顔をしている。良い予感は全くしない。
「なあ、貰ってもいいか?」
「は?」
「そんな恐い顔すんなよー」
「恐い顔にさせるような言葉を言ったのは先生でしょう」
全く意味がわからない。なにを言っているのか理解できない。
「女子高生と〜」と言うだけあって、校内の恋愛事情は驚くくらい知っている。本当に女子高生の彼女が欲しいらしい。流石にそこまでなると引く。
完全に目が覚めた。彼女を「貰ってもいいか?」と聞かれ、「はい、どうぞ」と渡す男がどこにいる。相変わらずの笑顔がオレを更に恐い顔にさせる。
教師の声で「」と名前を呼ばれても、起きる気配の全くないを見やり、また視線を教師に戻す。
「って可愛いよなー」
「はい」
「スポーツもできるし」
「はい」
「頭も良いしな」
「料理も出来ます」
「完璧だな」
完璧だと言えばそう見えるかもしれない。学校で見るは完璧に近い。周りからも「何でも出来る」というレッテルをベタベタと貼られ、ミシンで縫ったかのようにそう簡単に剥がすことは出来ない。
周りが望むように行動し、こなしていき、また褒められ、自分らしさを失う。
はソノ「パターン」にはめられることはなかった。上手い流し方を得ていた。自分より完璧な人は大勢いる。いて当たり前だ。変なプライドを持ってないはしなやかにかわし、流していた。
完璧だと感じるなら、そう思っておけばいい。実は甘えたがりで、独りでいるのなんてすきじゃなくて、よくどこかにモノを忘れ、突然涙を流す。まだまだ未熟だ。ソレで当たり前なのだ。
「うん。いつでも嫁に貰える」
黙ったオレを完全に無視して、そう言い放つ。だから、なにを言っているのだろう。掴みかかり、そんなことを言えないようにしてやりたい衝動をなんとか抑える。
時計を見ると、授業は残り10分を切っていた。このまま授業は流れるなと思うのと同時にオレは後10分もこの教師の相手をしなくてはならないと直感で感じ取った。
授業終了のチャイムが鳴るまでオレは解放されない、と。
「原田、言い返さないと彼女取られるぞ」
調子乗りの男子が一言言うとクラス中から、そうだ、と賛同の意見が次々と上がる。大半が面白がっているやつらばかりだ。
について、あーだこーだ言った事もなく、もあまりオレとの関係についてしゃべらない。知っているのはと仲の良いヤツらだけだろう。
ナゾの多いオレたちに興味津々で、オレがこうやって質問に答えてるのが珍しく、もっと聞きたがっているのだ。
“言い返さないと彼女取られるぞ”
クラスメイトが言った一言を思い返す。取られる?この訳の解らない教師にを取られるだって?
(ありないだろ。アンタも訳の解らないヤツだ)
ありえなさ過ぎて、またオレは黙り込む。なんでこうバカな奴らが多いんだ。取られるとか、取られないとか、の気持ちを考えずに笑うやつらに腹が立つ。
「先生にを取られるなんて思えません。考えられないです」
「そーか?オレも原田まではいかないが、なかなかかっこいい方だと思うぞ?」
「はナルシストが嫌いです」
「原田は自分のことかっこいいとか思ったことないのか?」
「ありません」
「・・・原田はそういうところもモテるんだろうなあ。にくいねえ」
まとわりついてくる甘ったるい声が嫌いだ。ソノ声で「原田」と紡がれると寒気が走る。時間が経つのが遅い。
(なんでオレがこんなヤツに振り回されなきゃならないんだ)
の瞼がゆっくりと開いていくのを視界の隅で捉える。まだ焦点の合っていない目を擦り、身体を起き上がらせる。
「やっと起きたか」と教師に言われても、謝る素振りも驚く素振りも見せず「まだ授業やってたんだ」と首を傾げてオレを見た。授業なんてやってない。この数分はずっとの話だ。
そう言ったら、どう反応するだろう?
「。原田ってかっこいいなー」
「は?」
「二人して同じ反応すんなよ!」
今この状況を飲み込めていないは?を頭上に浮かべ、オレに助けてと目で訴えてくる。オレが説明する間もなく訴えてきたはずのが先に仕掛けた。
「先生、先生にそっちの気があるとは知りませんでした。でも、巧はあげませんよ。フリーの男子にしてください」
笑いが込み上げてくる。堪えきれずに笑うと、次々と笑い声が膨れ上がる。そう言った当の本人は、教師を睨みつけるように視線を動かさない。
授業終了のチャイムが鳴る。「はい、終わりー」と言い、号令をせずに廊下へと出て行った。あまりにも惨めだ。の言葉に言い返さずに出て行った。
また次の授業で、いや廊下などですれ違ったら笑いのネタにされるのに気付けなかったらしい。このクラスからすぐに出て行くより、決着をつけてから出て行った方が後々楽だと言う事を。
「なんも言い返さないで出て行ったよ。先生、男に目覚めたんだ・・・!巧、気を付けてね」
「ばか。そんなわけないだろ。気を付けるのはだろ」
「私?女だよ?」
「ソコを引きずるな」
まだ笑いを抑え込められない3人の女子がの周りに集まってくる。「あんたマジ最高」と机を叩きながらまた笑う。「さっちゃんの彼氏かっこいいから気を付けた方がいいよ!」
と両手を握り締め、そう言うをさっちゃんと呼ばれた女子はまた笑い出した。嫌でも聞えてくるソノやり取りにオレも少し笑う。
「今、巧にも忠告してたんだよ。ね、巧!」肩を軽く叩かれ、顔を上げると4人の視線とぶつかる。
「原田くんがいるから、うちの彼氏大丈夫やわ」
「うん。原田くんに敵う男子なんて、おらんし」
「おらんなー!原田くん、も守らなあかんし、自分も守らなあかん。大変じゃな」
「いや、別にだけ守ってればいいことだし」
「もーが羨ましいわ!」
どんとが身体を押されて、倒れ掛かってくる。「なに!?なんで!?」とが騒ぐ。あいつはオレじゃなくて、を狙ってんだよ。そう言っても信じないだろうに、誰も本当の事を言おうとはしない。
突然、が「あ!」と大きな声を出す。え?と誰もが動きを止めた。オレもを見る。
「次ってもう部活!?」
嬉しそうに、ワクワクという言葉がピッタリ当てはまるような笑顔で「部活?部活?」と尋ねてくる。頷くと、机の中に入っているものをエナメルバックに次々と入れ、派手な音を立てて机の上へ乗せた。
「今日は紅白戦だかんね!楽しみー!!」さっきまで熟睡してたとは思えないテンションで一人はしゃぐ。
担任が入ってくる。はやくグラウンドに行きたくてうずうずしているのがよくわかる。子供みたいだ。
「巧、今日も一緒に帰ろうね」
「うん」
「きっと私のが先に終わるから、待ってる」
「ん」
きっとは授業なんてどうでもよくて、教師なんてもっとどうでもいい存在なんだ。自分に関係ないものは興味がない。興味すらわかないものも、中にはあるだろう。
学校ではこんな調子でも、一人になれば泣いたり、無口になったりするヤツだ。今のからそんな想像がつくだろうか。全くの別人だ。双子の片割れといえばしっくりくる。
別れの挨拶をして、机を後ろに下げると猛スピードでグラウンドに向かう彼女を見て、また笑ってしまった。
世界が色付く瞬間
(実は欠点がたくさんあるんだ)
080812 家長碧華
タイトル提供:MISCHIEVOUS