私は普段テレビをつけない。見たい番組があればつけるけど、見たい番組もあまりなくてドラマもさほど興味がない。 欠かさず観るのはサッカーだけど巧が「一人で観るよりいいだろ」と、いつも巧の家で観させてもらっている。巧のお母さん以外野球が大すきな家なのに嫌な顔せずに、むしろ一緒に応援までしてくれる。 そういう訳で本当にうちのテレビは使われていない。うちのテレビ程使われていないテレビはないんじゃないだろうか。

興味のない番組から流れてくる音がなんだかすきになれなくてすぐに電源を切る。今日もそうだ。お父さんとお母さんがいたときは全くの逆だった。常にテレビはついていて、誰も見ていないということもよくあった。 そのときはソレが普通だったのだ。

ソレに比べると今の家は静か過ぎる。自分でもちょっと気持ちが悪いくらいに静かだ。無音になればなる程自分は一人だと思い知らされる。だからといって、テレビをつける気にはなれなかった。 矛盾してるなあと解ってはいるけれど・・・。

学校ではうるさい部類に入る私でも家では全くの別人になる。言葉を発するとすれば「いただきます」「ごちそうさま」それに「行ってきます」と「ただいま」ぐらいだろう。ソレくらい私は無口になる。

それでも、家に活気が戻るときがある。巧や青波など原田家が遊びにきてくれるときは、うちも明るくなる。ソレが最近は多くなってきていて、巧と青波がよく来るようになった。
ちょっと前までは私が原田家に行っていたのに、いつの間にか逆になっていた。何故だろう?ふと疑問が浮かぶ。おかげで、一人でいることも少なくなり、別にそんな疑問はどうでもいいよと思えて、考えるのをやめた。 今、考えなければならないのは今日の晩御飯の方だ!

一人で暮らし始めたときは無音が恐くて、恐くてたまらなかった。テレビをつけていても、ソコから音が流れていても「無音」だと感じた。耐えられなくなると原田家へ逃げた。 「なんでいつも限界まで耐えてんだよ」と何度も巧に怒られたけど、呆れて私を放っておくことをしなかった。みんないつでも優しくしてくれた。

学校から帰ってきて、「ただいま」と言っても誰も居ないから返事があるはずもなく、淋しがっていた時期は巧が後ろから「おかえり」とつっけんどんだが返してくれたりもした。

最近は巧がうちに泊まることが多くなってきた。合鍵を渡してからだ。ご飯は巧の家で一緒に食べてお風呂も使わせてもらって、「寝るから」と言って私の家に2人で帰る。離れのような感覚だ。 次第に巧の服がうちに段々と増えてきた。「巧ってばちゃん家に自分のもの全部移動させちゃうんじゃないかしら」とお母さん(私のことお母さんって呼んでね、と笑った真紀子さんは本当に素敵なお母さんだ) が言っていた。ソレでも良い。むしろ、そうなればどんなに良いだろう。



「はあ」



さっきまで青波がうちに居てくれた。マサくんたちとは遊ばなかったらしい。青波ももうお母さんに嫌気を感じることが多くなってきたみたいで、自分家に居たくない時はうちに来るようになった。 巧にとっては離れのようなこの家も、青波にとっては逃げ場だ。

今日は逃げてきた訳ではないらしい。「遊びに来たんで」と笑う青波のやわらかい笑顔がだいすきだ。

時計を見たら、もうすぐで7時を回るところだった。そろそろ巧が帰ってくる時間だよ?と告げると、時計を見つめ「うーん・・・」と何か言いかけて止めた。 その代わりににっこり笑って「また明日遊びに来るけん!」と言ってパタパタと走って行った。

青波にしては珍しくドタバタしていた。いつもなら玄関まで見送りに行くのに、今日はソレもさせてもらえなかった。少し淋しく感じつつも一応玄関へ行き、戸が閉まっているか確認する。
少し開いていたからサンダルを引っ掛け戸に手を掛けようとした瞬間、急に戸が開いた。びっくりして、手を宙で止めたまま固まる。



「なんでそんなとこに立ってんの」



いかにも「部活してきました」という感じで重そうなエナメルバッグを左肩に掛け、訝しげに見てくる。ソノ、オーラを纏っていることを少し羨ましく思う。 今日はサッカー部は顧問の先生に用事が出来てしまい、中止になったのだ。そういえば、右投げのピッチャーは右肩に重い荷物を掛けたらダメだとこの間スポーツコーナーで誰かが言っていた。

今は左肩に注目しているときではない!そなでそんなところに立っているかなんて、こっちが聞きたい。

巧はそんな私に気付いているのかいないのか「早く家の中に入れてくれ」とでもいうような目をしている。私はその巧の目に勝てるはずもなく、どうぞと上がってもらったのだ。



「腹減った」
「家帰れば?お母さんが美味しいもの作って待ってんじゃない?」
「今日はんとこで食べるからいらないって言った」
「・・・へ?」



エナメルバッグを適当な場所に置き、ソファにドカッと座り込む。もちろん、巧の晩御飯など用意しているわけもない。とりあえず、冷蔵庫の中と相談して料理を始める。 テレビもつけずに静かにしているな、とリビングを見ても巧の姿はソコにはなかった。握っていた包丁を置き、巧?と呼びかけてみる。返事はない。トイレにでも行ったのだろうか。 それにしても足音やドアを開閉する音すら聞こえなかった。



「巧ー・・・どこ?」
「なに泣きそうな声出してんの?どうかしたのか」
「え、あ、いや・・・!ソファに座ってなよ!すぐ作るから!」



隣の部屋から急に顔を覗かせた巧にビックリして、なんでもないフリをする。素直になれない自分はバカだなと思う。可愛くない。いつか巧に嫌われる気がして恐い。 でも素直になればめんどくさく思われて結局嫌われるんじゃないか・・・と同じ結果にたどり着いてしまう。

再び包丁を握りトントンと小気味良い音を立てる。相変わらずテレビの音は聞こえないけど、今度は巧がちゃんといるというのがわかる。 ボールを天井へ向けて軽く投げては受け、投げては受けの音が一定のリズムを刻んでいるから。私はソノ巧の流れるような動作がすきだ。素直にかっこいいと思う。しなやかさがわかる。



「腹減った」
「わかってるって」
「腹減った」
「巧?」
「オレがここにいるってわかってればいいんだろ?」



全て見透かされていた。いつからだろう。今更だけど恥ずかしくなる。いつもならキレイに切れる千切りで危うく指を切りそうになった。動揺しすぎだ。 こんなことで動揺してどうるの、と色々自分に言い聞かすもいつもの包丁捌きに戻らない。



「ダメだなあ・・・」
「なにが?」



ボソッと呟いた独り言に反応してくれる人がいるというのは幸せなことだ。ソレが例え誰かにとってはちっぽけな幸せでも私にとってはすごく幸せなことなのだ。ソノ相手が巧なら幸せは何倍にも膨れ上がる。

隣に来た巧から包丁を遠ざけてお気、今の私全部がと告げた。巧は怪訝そうな顔をして、首を傾げる。最近は、巧がすきだという気持ちが大きくなると同時に自分が弱くなっている気がしてならない。 今の私じゃなくて、最近の私全部がダメなのだ。

巧が徐に水道の蛇口を捻り、流れ出た水で手を洗う。「オレがやる」と言って包丁を握り、切りかけのキャベツに手を伸ばした。 スピードは私より速くはないものの丁寧で、キレイに切られていくキャベツをみて口が勝手に驚きの声を漏らしてしまう。



「じょ、上手だね」
「これからは男も料理が出来なきゃだめだろ」
「巧は出来なくてもいいよー」
「なんで」
「巧がプロ野球選手になったら料理なんて私がやるべきお仕事でしょ」
もプロサッカー選手になるかもしれないだろ」



プロサッカー選手。ソノ言葉がぐるぐると頭の中を回る。真剣にそう言ってくれるのは巧だけだろう。両親でさえ、巧と似たような言葉は口にするけど上辺だけだとわかっていた。 きっと「女の子なんだから」という気持ちがあるのだろう。でも、なれるものならなりたい。私の小さな夢だ。

いつの間にかキャベツは全て切り終えならていて、巧の目が「他に切るものは?」と尋ねてくる。



「巧って完璧で恐い」



自分で口にして、すごく納得した。





居ない間もちゃんと、





「完璧?」
「うん。野球はずば抜けて上手で、勉強もソコソコ出来て、顔なんかかっこよすぎてモテモテ。おまけに細くてスラッとしてて料理まで出来ちゃうんだもん。私の立場は?って感じじゃん」



いつかの思い出したくない授業が思い出される。いきなり「貰ってもいいか?」と言われ、当然拒否をしたらそれからの授業でオレは何かしら必ず指名されるようになった。 ソノ時ぐっすり眠っていたは「巧も可哀想に」と口にするものの表情はいたずらっ子の様な笑みを浮かべていた。 何故オレが集中攻撃を受けているのか、このクラスで唯一知らないくせにがイチバン楽しんでいる。そして必ず「やっぱり先生は巧のこと・・・」と不安そうに聞いている。

ソノ風景を頭から締め出し、「の立場」とやらに切り替える。の立場とは一体何だろうか。今までの会話から考えるとは自分がプロになるということは考えていないように思う。なんでだ。



「諦めんなよ」



冷蔵庫からトマトやキュウリを取り出している背中にそう言うと「え?」と勢いよく振り向いた。

プロになるのは夢ではないのか。叶うかわからないから、小さな夢にしてるんだと言ったのをちゃんと覚えている。ソノ時何故か遠い目をしていたのかが気になっていたから忘れるはずもない。



「プロになるの諦めんなよ。目指せる実力があるなら目指せよ。勿体無いことすんな」
「え、う、うん」



全て言い終えてから、オレはなにを口走っているんだと恥じる。耳が熱い。その恥を隠すようにが出したトマトを切っていく。



「私、諦めるなんて言ったっけ」
「え?」
「巧にそう言っちゃったかなと思って。巧はプロ野球選手確定だとするでしょ?巧をアナウンサーにはやらないぞ!って思ってて・・・」
「アナウンサー?」
「野球選手ってアナウンサーと結婚する人多いじゃん!だから、私も有名になればいいんだって最近思いついて、プロを目指そうと」
「・・・オレの勘違いだったならいいんだけど」
「ありがと」



何故かニッと笑って礼を告げ「そっちは任せた!」とフライパンを手に取り火を点ける。上機嫌に鼻唄まで歌いながら。

アナウンサーにはやらないぞ、か。らしい発言で笑えてくる。オレの気持ちは無視なのだろうか。取られるもなにもオレがをすきでいる限りそんな余計な心配はいらないだろう。

ソコにまだ気付いていないらしいを横目にオレは任されたキュウリを切り始めた。





君はここに居てくれている
 (一緒に料理を作るのもいいかもしれない)





080831 家長碧華
 タイトル提供:as far as I know