昼をちょっと過ぎた頃に合宿先に到着した。荷物はほぼない。必要なものもほとんどなく、必要最低限なものは先にこっちに送っている。手に持っているのは車のカギとが待つ家のカギだけだ。

集合時間は確か3時半だったはずで、駐車場の車の少なさを見てもオレはきっと早い方だろう。宿舎に入って真っ直ぐリラックスルームへ向かうと、すでに大阪勢 (若菜と三上とオレがガンバ大阪で上原はセレッソ大阪だ)は全員揃っていて、東京勢(藤代が東京ヴェルディ。鳴海がFC東京)も揃っている。昨日、広島で試合があった郭が既に居るのには驚いた。



「お前昨日はよくもゴール決めてくれたな!浦和に勝ち点追い付かれたじゃねえか!」
「いやーあのゴールは素晴らしかったね。うちは順位2つも上がったし?混戦で楽しいじゃーん。サポーターも喜んでるって」
「うっせぇ!次お前んとこ浦和とだろ?しかも埼スタで!がんばれよー」
「オレいないし!代表だし!がんばんのはこっちだし!」
「途中でいなくなれよ。FWは一馬がいるからさ」
「ひでえ!仲間とは思えねえ!!」



チームで1位、2位を争う煩いコンビが既に揃っているせいで少人数なのに騒がしい。オレの姿を見るなり若菜が「おっ!」っと声を上げ、ソレにつられるように藤代もこっちを見て「椎名きたー!」と騒ぐ。 いつまでそんな子供のような、学生のような気分でいるのかと、タメ息がこぼれてしまいそうだ。こんなヤツらのせいでメンバーから落とされたヤツは本当に悔しいだろう。 でも、ソコは実力の世界だから、いくらオフで周りと上手く付き合っていようと試合で活躍する選手を選ぶ。この2人の技術の高さはわかっているからオレもソコについては文句は言わない。 ピッチから一歩外へ出たら、別だけど。



「なんでガンバはみんなで乗り合わせて来ないんだよ?ちゃんと一緒に来いよー。あ、実は仲悪いとか?若菜ちゃんと謝れよー」
「なんでオレが悪いって決め付けてんだよ。仲も悪くねえよ!だって椎名はさ、オレ一旦家に帰るからって、さっさといなくなるし、三上なんて何も言わずにどっか行ってんだぜ!?酷くね?
椎名はきっと新婚だから、しばらく会えないからってお別れ言ってきたんだぜ」
「そんなの当然でしょ。結人も早く結婚しなよ」
「そうか!英士も結婚したばっかだもんな。オレまだ結婚願望全くなし!」



標的が郭に変わった隙に自分の部屋を確認しにリラックスルームを抜け出す。今回の合宿は誰と同じ部屋だろう。藤代と若菜だけはやめてもらいたい。

リラックスルームを出て、ミーティングルームへと続く廊下にホワイトボードが置かれている。ソレに部屋割りのプリントが貼られている。いつもそうだ。 イチバン人が多く通る場所に置かれていて、誰がどこに居るかすぐにこのプリントが見れるように、との工夫らしい。そして、毎回違うヤツと同じ部屋になる。 意図するようにあまりコミュニケーションを取らないヤツ(取らないと言っても全部で25人程だから全くしゃべらないとかではない。 仲の良いヤツと比べたらコミュニケーションが少ないヤツだ)と同じ部屋になることが多い。練習中だけではなく普段から監督はオレたちをよく見ていて、ふとしたときに”見抜かれている“と感じることが多々ある。

良い監督というのは負け方も知っていて、チームの内部の奥深くまで知っている監督、だろうか。

椎名の2文字を右上から下へ順に探していく。・・・あ、あった。へえ、山口ね。とりあえず藤代か若菜じゃなくて安心した。 山口とは、コミュニケーションを取っているか取っていないかと聞かれれば取っていないと答えるかもしれない。DFのオレに対し山口は攻撃的なトップ下のポジション。 戦術の面では問題のないように声を掛け合っているし、前から素早くプレスに行ってくれているからバックのオレたちはすごく助かっている。

サッカー以外では、同い年だからといって一緒に行動したり、つるんでいるわけではない。山口も新婚だったりして、このチームの中でも結婚したばかりの本当に新婚だ。 五輪が終わったら結婚式を挙げるとオレにも招待状が来ていた。確か山口の結婚式の一週間後に真田の結婚式もあったはず。 「今月、出費が激しいぜー!」とガンバ大阪のクラブハウスで若菜が叫んでいたのを三上が「そんなこと言うもんじゃねえだろ」と頭を叩かれていた。若菜は家族もいるわけじゃないから、出費なんてないだろ。 そう思ったのを覚えている。



「よース。今回は椎名と相部屋だな」
「藤代か若菜だったら休まるものも休まらないからどうしようかと思ってたんだけど、山口で安心したよ」
「あいつら2人で相部屋になればいいのに絶対ならないよな。コミュニケーション取りすぎの仲良すぎだしなー」



ここまで聞こえてくるアノ2人の話し声や笑い声に山口は笑って、オレは呆れた。山口は代表の合宿でしか会わないから、笑っていられるんだ。オレはガンバ大阪でずっと若菜と一緒で、さらに代表でも一緒。 つまり、オレがサッカーをやるところ、やるところに若菜が必ずいることになる。ソレが中学生のときから続いているわけだ。 一昨年の今頃だけ若菜は怪我をして戦線離脱をしていたから、ソノ期間だけ若菜のいない代表の合宿を味わった。 藤代の少しつまらなさそうな、大人しい雰囲気に三上は笑ったが、多くのヤツが心配したり気にかけていて、良い意味で若菜は必要とされていると誰もが思ったに違いない。



「ボランチからFWへのロングパスで何度も助けられてるからなあ」



腕組みをして考え込むように眉間にシワを寄せて呟いた。山口の言う通りだ。 サイドチェンジやロングパスを得意とする若菜を起点に前へ放り込み、FWがダイレクトボレーやドリブルでゴールネットを揺らすパターンは少なくない。 日本代表だけではなくガンバ大阪でも若菜のソノ武器は活かされている。

「オレたちの武器の一つだもんな」とニッと笑いリラックスルームの方へ歩いて行った。山口の姿が消えるか消えないかくらいに「圭介くんッ!」と騒がしくなる。山口が捕まった。 郭辺りが解放されてホッとしているんじゃないだろうか。



「圭介くん!今日、オレの部屋でウイイレやりましょう!」
「藤代んとこで?若菜もだろ?」
「もちろんっスよ!今日こそ圭介くんを打ち負かそうとしてるんスから」
「オレ今日どこからここまで来たと思ってんだよ。大分だぞ?昨日の試合、フル出場して朝一の飛行機で九州から東北まで来たんだぞ?しかも昨日の試合キックオフ何時だと思う?19時半だぞ!? すげえハードスケジュールだろ。今日は休ませろよ」
「じゃ、圭介くんの部屋に行ってもいいっスか!?」



ダメだろ!なんでそういうはなしになるんだよ、藤代!山口も絶対に来させるなよ。

廊下で聞き耳を立てているところなんて誰かに見られたくないところだけど、2人のいるリラックスルームにわざわざ自ら餌食になりに戻りたくはない。

2人になつかれている山口は毎回合宿で必ずウイイレ大会をやっている。メンバーはまちまちだが藤代と若菜は必ず参加していて誰も山口に勝てないらしい。 藤代曰く「圭介くんはサッカー選手としてのセンスも技術もすごいけど普段の性格もよくて尊敬します」そして若菜曰く「かっこいいし爽やかだしサッカーも巧いしカンペキです」とどこかのサッカー雑誌に書いてあった。 「カンペキ」をカタカナで書かれている辺り、若菜はバカだと思われてるなと笑った。

こいつら2人を対談させれば売り上げが伸びるらしくて全てのサッカー雑誌で必ず一度は対談しているはずだから、どこで言っていたかなんて覚えていない。 ・・・ちゃんと読んでるオレもどうかと思うんだけど、がなんでも買ってくるからリビングに置いてあって、つい手を伸ばしてしまうようになった。

・・・もういいか。山口と同じ部屋になったら、こういう運命になると読めずに山口で良かったと喜んだ自分が悪かったんだ。合宿は長い。しかも合宿後はこのまま北京へ乗り込み、五輪が開幕だ。 オレたちが負けて日本へ帰ってこない限りこのメンバーでずっと一緒にいるわけで。1日・2日、あいつらがオレたちの部屋に入り浸っても不思議ではない。むしろ、2日でとどまればいい方か。

タメ息を一つついて、左手首を上げて時間を確認してみれば、ミーティングの3時半まで後2時間もある。どう時間を潰そうか考えていたら声を掛けられた。



「翼、早いな」
「遠くからおつかれ、柾輝」
「すげえ疲れた。昨日負けたから尚更。これからコンビニ行くけど、翼どうする?」
「暇だから行こうかな。なにも買うものないけど」
に電話するなら、ここ抜けてるときぐらいだぜ?」
「うるさいよ、柾輝。それくらいわかってる」



結局オレは柾輝の運転する車の助手席で、深々と腰を掛け、家の電話番号を押していた。





金色に光るものが今
 (オレはいないと思ってしゃべってくれていいぜ)(柾輝に遠慮はしないよ。あ、もしもし、オレ)





080921 家長碧華
 タイトル提供:as far as I know