「うあー・・・彼氏が欲しい」
そう言ってはオレに抱きついてきた。こんなことをしているから、オレと付き合ってるとうわさが立つんだ。そこんとこちゃんと理解しろよ。
まあ、こうしてニケツするのが悪いんだろうけど、オレはあえて何も言わない。を後ろに乗せてチャリを漕ぐ。この時を少なからず楽しみにしているオレがいる。そんなこと口が裂けても言わねーけど。
仲良く手をつないで歩いている男女の横を通り過ぎる。きっとそいつらを見てはまた「彼氏が欲しい」と心の中でつぶやいたのだろう。
オレの腰に回っていた腕が少しだけ強まって締め付けてきたから、きっとオレの予想は当たっている。
「孝介ー」
「なんだよ。お前すきなやついないのかよ?」
「うわッ!人の心読まないでよ」
「知らねえよ。で?いねえの?」
「いないー・・・。あ、でも田島くんちょっと気になる」
田島と名前が出た瞬間、足に力が入らなくなってスピードが落ちた。よりにもよってクラスメートで同じ野球部の仲間の名前があがるとは。
はオレが自分に好意を寄せているとは考えてもいないだろうから、しゃーねえけど。
でも、まだ田島をすきになったわけじゃない。希望が消えたわけじゃない。・・・希望?良い様に考えている自分に笑えてくる。オレはどこの乙女だ。
「田島はやめとけ」
特に理由もなく、ただ言ってしまった言葉がコレか。だから、オレはいつから乙女の様な考えを身に付けたんだ。
実際に田島は良いヤツだ。多少、行動に問題はあるけれど性格は問題ない。誰とでも仲良く出来る。結構モテる。だから、の気持ちもわからないではないんだ。
どこのどいつかもわからないようなやつをすきをすきになられるよりは性格も良いところも悪いところもわかっているやつをすきなってもらった方がいいのかもしれない。
「なんでー?スポーツ神経抜群の男の子はかっこいい!」
「・・・なんでもだッ!!」
「変な孝介ー」
苦しい。アノ質問にアノ返答は苦しすぎる。第一、言葉に詰まっている時点でおかしいだろう。”もしかしたら孝介は私のこと・・・“っていう頭は持っていないのか。持ってるわけねえか。
天然鈍感はコレだから恐い。いつ気付くのかわからない。まあ、はいつまで経っても気付かない気がするんだけど。
「ムキになるなんて珍しい」と呟かれ、少し頭を冷やすことにした。何もかもがオレらしくない。自分でもわかっている。
「野球部のマネージャーやろうかなー」
「ッ!?」
「どしたの孝介?ホントに今日おかしいよ?」
「なんでもねえよ」
自分が何かしでかす前にこいつをとっとと送って、風呂入って、今日は早く寝よう。そう決めて部活で疲れた足にもう一度力を込める。の家までそう遠くはない。頑張れ、オレ。
急に黙り込んだオレにまた「変な孝介ー」と同じ言葉を口にする。
そんなオレにつられたのか、それともただ一人でずっと喋り続ける気分ではないのかも静かになった。何故か再び腰に抱きついてくる力を強める。
あー・・・軽く行き地獄だ。あまり大きくはないものの胸が当たっている。知らないでやっているなら卑怯だ。知っていてやっているなら尚更卑怯だけど。
「孝介のすきな人は?」
この状況で更に卑怯な言葉を口にするか、普通。いつからお前はそんなやつになったんだ。オレが気付いてなかっただけか?そして、が「孝介だって彼女欲しいでしょ」と続けた。
まだ言う気などなかった。ついさっき「田島が気になる」と言っていたやつに告って誰がOKを出すだろうか。
「孝介をすきになりたい」
「・・・・・・は!?」
「ううん。孝介がすき」
「はあ!?」
・・・はなにを言ってるんだ?わけがわからない。一体田島はどうなったんだ。今の状況を上手く整理できず、無意識に手に力が入りブレーキごと強く握りしめてしまった。
もちろん、ソレは急ブレーキというやつで、予期せぬブレーキにが小さくうめく声がすぐ耳元で聞こえる。ソレと同時背中におでこが当たる衝動も伝わってくる。
足を地面に着けていないを落とさないように注意して振り向こうとするもがオレの腰に手を回したままだったから振り向こうにも振り向けない。この態度からして、多分ふてくされている。
仕方なく思い、心の中で一つタメ息をついて名前を呼ぶとゆっくりと手がほどけた。顔を上げたの表情はしかめっ面で、オレの予想は当たっていたようだ。でも・・・ふてくされる理由がわからない。
「なんだよソノ顔」
「・・・孝介が私をすきじゃないのはわかってたけどさあ、ソノ反応は・・・酷い」
・・・は?この数分だけでが全くわからなくなってきた。がオレをすきだということはすごくわかった。すげえ嬉しい事実だ。でも、何故かオレはのことをすきではないと思い込んでいる。
一人で勝手に思い込んで誰にも打ち明けようとしないのはの悪いところだ。
「なんでオレがのことすきじゃないってわかるんだよ?」
「だって孝介、私には冷たいもん」
「誰と比べてんだよ」
「しのーかちゃん」
「篠岡?お前篠岡のこと知ってんのか」
「と、友達だよッ!」
なんでソコでどもるんだ。・・・こいつなにか隠してるな。滅多に誰かに悩みを打ち明けたりせず(自分の中の容量を超えると人知れず泣いていたり)、なにか隠し事があるとキョドったり
(三橋と似ているから、オレは三橋への免疫がすぐについたのかもしれない)どもったりする。が思っている以上にオレはを知っているつもりだ。変な意味ではない。
「全部言え」
「・・・うー・・・」
オレとは同じクラスだが篠岡とは別のクラスで接点などないはずだ。選択の授業で複数のクラスが集まるときにでも仲良くなったのか。
知らない人に声を掛けるのが嫌いじゃないならありえるはなしだ。
よく「さっきの選択英語で友達できた!」とオレに報告しては「名前聞くの忘れたなあ」とか「聞いたけど覚えてないや」と笑った。ソレを友達と呼んでもいいのかはわからないが、的には友達らしい。
オレ的にはただの知り合いくらいでしかないと思うけど。
チャリから飛び降りて先を歩き始めるの横をチャリを挟んで同じペースで歩く。
「練習観てたら声掛けられて仲良くなったの」
「お前、野球部の練習観てたのかよ」
「うん、結構観てた。実は今日も」
「今日も!?」
知らなかった。どこから観ていたのだろう。教室からではないのはの言葉からわかる。ほとんどグラウンドにいる篠岡が声を掛けられる近さということはもグラウンドの近くにいたということだ。
なのに気付かないオレは野球バカなのか部活バカなのか・・・。
だから、帰宅部のがこんな遅い時間まで学校にいたのか。たまたま校門のところで会ったから送ってやるよといって今に至るのだ。
「なんでこんなに観に来るのかってはなしになって・・・。私が孝介のことすきって知ってるのは、しのーかちゃんだけなの」
「それでなんでオレがには冷たいってなるんだよ」
「冷たいよー・・・。しのーかちゃんには優しい」
オレが自分で思うに、多分すきな子ほどいじめたくなるタイプだ。・・・いつまで小学生・中学生でいるつもりだとわかってはいるが、まだまだ変われない気がする。情けねえ。
「察しろよな」
「何を?」
「オレの性格を」
「わかってるつもりだけど」
「全然わかってねえよ」
「・・・いいよ。どうせわかってないですよ。じゃあね。ここまでありがと」
気が付くとの家の近くまで来ていて、カゴから自分の鞄をひっぱりだして、さっきよりもスピードを上げて歩いて行く。このまま別れるわけにはいかない、なんの根拠もないがそう直感を感じて名前を叫んでいた。
足を止めただけでこっちを振り向いてはもらえない。手が動いたかと思えば顔を抑えて、肩を小さく震わせ始めた。え、な、泣いている?オレが泣かせたのか?
周りを見ても誰もいないし、まずはオレとしか喋ってないんだから、よく考えなくても泣かせたのはオレだろう。
名前を呼んで繋ぎとめたはいいが、ソノ後なんて何も考えていない。泣かせてしまったという、自棄になるには充分な理由を借りて決心した。
「泣くぐらいなら最後までオレのはなし聞けよ!」
「慰めの言葉なら聞きたくないんですけど」
「ちげーよ。オレもがすきだっていうはなしだよ。最後まで聞かないなんてバカだろ」
チャリを押しながらの隣に並んで、俯いているの顔を腰を折って覗き込めば、オレが予想していたよりも泣いていてびっくりした。
ソノ場にチャリを止め、なんて顔してんだよとの頭に手を乗せると、急に抱きついてきた。
「嬉しいよー・・・!孝介がすきだって気付いてから、孝介に大切な人ができたらどうしようってずっと考えてて。もし、そんな人ができたら私生きていけないなって。独りになっちゃうって思って」
「うん」
「独りにしないでくれて、あ、ありがとー・・・!」
「わかったから、もう泣くな」
「は、はい」
キュッと背中を握られたかと思えば急に離れて、少し目を赤くして笑った。がオレの彼女になったという事実がまだなんとなくフワフワしていて、理解しきれていないのに心臓がバクバクとうるさい。
まだ泣き止みそうにないの頬を流れる涙を指で拭ってやる。「痛い」と小さく笑って新しく流れた涙は舌でペロッと拭ってやったら真っ赤になって固まった。
「ははっ!真っ赤」
「孝介がへ、変なことするから・・・ッ!!」
「オレだって嬉しいんだから、仕方ないだろ」
オレの大切な人がで、の大切な人がオレ。そう思うとなんだかくすぐったい気がして、恥ずかしくなってくる。まだ口には出さないけど、は大切な存在で愛しい人。そんなの今は絶対言わねえけど!
こじ付けでも屁理屈でも
(孝介、手繋ぎたい・・・)(ん)(自転車、大丈夫?)
080928 家長碧華
タイトル提供:as far as I know