「んー・・・もしもし」
『悪い、。寝てたか?』
「・・・柾輝?寝てたよー。どしたの?」



携帯を耳に押し付けたままベッドからのっそりと起き上がる。壁に掛けられているお気に入りの時計は後10分で9時を回るところだ。休みにしては早く起きてしまったなあとぼんやりと考えていた。 まだ頭が起きていない私は、柾輝の言葉を右から左へと流してしまう。本題はどこだろう・・・。まだかな。もう通りすぎたかな。



「あのさ、翼来ねーんだけど、と一緒か?隣で翼も寝てんの?」
「・・・へ?一緒じゃないけど」
「マジ?」



はなしを聞けば(やっとまともに柾輝の言葉を頭に留めておけるようになった)(本題も通りすぎてはいなかった)待ち合わせの時間を20分も過ぎているのに来ないらしい。 時間を守らないヤツが嫌いな翼は、もちろん集合時間には必ずいる。そんな翼が20分もなんの連絡もなしで今も電話を掛けても繋がらないらしく、 だから、私に電話をしてきたと説明する柾輝の少し早口なところが不安を募らせていく。

昨日は夜の9時頃に翼から電話があり、明日柾輝たちとフットサルをしに行くと言っていたのを覚えている。 多分朝からずっといるから、暇だったら来なよと言われて、じゃ、お昼にお弁当を作って持っていくねと言ったのだ。

耳に当てている携帯の画面に着信履歴やメール受信のマークはない。



「翼ん家行った?」
『いや。まだ連絡もしてねえ』
「私連絡してみるね」
『頼む。オレらは周辺ちょっと見てみっから。直樹はフットサルコートに残してあるから、なんかあったら直樹んとこな』
「了解」



PWRボタンを押し、すぐ翼の家へ電話する。アドレス帳を開くより覚えている番号を打った方が速い。相手が出るまでのコール音が無機質で、すきになれない。



『はい、椎名です』
「あ、です。朝早くにごめんなさい」
『あら、ちゃん?おはよう。どうしたの?』
「翼ってもう家、出ましたか?」
『とっくに出てるわよ?柾輝くんたちとフットサルだと思ってたんだけど・・・。格好がそんな感じだったから。あの子ちゃんにどこに行くのかも教えてないの?せっかくの休日なんだからデートしたいわよね? ごめんなさいね、バカな息子で』
「い、いや、そんなことないですよ!!すいません、ありがとうございました」
『いいえー』



携帯を閉じてベッドへ放り投げる。格好だけで翼の行き先わかっちゃうんだ。流石翼のお母さんだ。しゃべり方もそっくりだし。

いやいや、今はそんなのん気にしてる場合じゃない。家はとっくに出ている。フットサルコートへは向かったはず。着替えながらドラマの刑事の様に得た情報を整理してみる。

頭をそっちに集中させていたため服はひどい格好になっちゃったけど、そんなことはどうでもいい。コンビニへ行くような格好でもいいじゃないか。オシャレして翼を捜すのもどうかと思うし。

おはようも言わずに、ちょっと出かけてくる!と告げて家を出る。お母さんが視界に入ったときびっくりした表情をしていた。びっくりして、「気を付けてね」と言ってもらえなかった。 言う間を与えずドアを閉めた私のせいだと気づくのはそれから少し後になってからだ。

・・・どうも私は余計な事を考えてしまうのがクセらしい。つい、頭の中で脱線させてしまう。そう、今は翼を最優先で捜さなきゃならない。そもそも、翼がいなくなるなんて考えたことがなかった。 翼の行方がわからない(といえば大袈裟に聞こえるかもしれない)けど、実際に電話も出ないし連絡が取れない状況だ。ソレだけで不安になる要素は充分すぎる程ある。 初めてのことで、更に思ってもみなかったこの事態に無駄に焦っている気がする。どうしよう。私が出来ることなんて殆どないのにどうしようと焦り、いつもならスムーズに開けることのできる自転車のカギでもたつく。

カギを外すと自転車にまたがり勢いよく漕ぐ。どこに向かうでもなく(強いて言うなら目的地は翼のいるところだけど)ただ色々な場所へ、それも出来る限り多く回ろうとしか考えていない。 途中で五助と六助に会い、二人ともまだ翼を見ていないと言い、すぐに別れた。不安で変な汗が流れてくる。 もし、事件に巻き込まれていたら。もし、誰かに絡まれていたら。いや、ソレはありそうだけど翼は強いから、そこら辺の人たちには負けないし大丈夫だろう。いやいや、大人数できたら流石の翼でもわからないし・・・ 何か武器を持ってるっていう可能性も今の世の中なら大いに考えられる。



「いい加減にしろよ!」



勢いよく漕ぎすぎて聞き間違ったかと思ったけど、アノ声は絶対翼の声だ。

急ブレーキを掛けるとキーッと耳障りな音が鳴り響いた。それでも、翼には届いていないらしく、私に背を向けたまま誰かに怒っている。それも珍しく激怒だ。翼の側に赤いマウンテンバイクが倒れている。 翼のお気に入りのマウンテンバイクを明らかに乗り捨てたように、普通に停めても置けないような何かがあったのだろう。 ソノ、マウンテンバイクと背中からも怒りが感じ取れる翼を交互に見やり、自転車を邪魔にならないよう端に寄せて停めた。そして、ゆっくり近づいて誰に怒っているのかを確かめる。



「・・・え?」



思わず声が漏れていた。翼の前には同じクラスの男子が3人いて、どんな状況なのかがさっぱり分からない。 こんなに翼を怒らせることなんてそうそう出来ないし、マシンガントークで大抵片してしまう翼も怒鳴るなんてことはしない。あの男子たちは翼に一体何をしたのだろう?一歩下がり、陰に隠れて続きを見る。



「だって本当だろ。は男好きにしか見えないし」



・・・ん?私?私のおはなしをしているわけですか?なんて名字は私の学年には私一人だし、私だよ、ね?弟?いやいや、弟が男好きだったら姉はショックです。



「なんでそうなるわけ!?いつもオレらと一緒にいるから?だから男好きだっていること?は?理解出来ないんだど。ソレにお前にがどうあろうと関係ないしね。とやかく言う権利はないよ」
「だって・・・目が行っちゃうんだから仕方ないだろ」
「ふーん、がすきなんだ?ソレでなに?まさか嫉妬とか妬いちゃってるわけ?ありえないね。もっと理解出来ない。の彼氏はオレなんだけど。 しかもさ、お前とがしゃべってるところなんてあんまり見たことないし。もしかして、一目惚れとか?残念だね、既にオレがいて。じゃ、オレあいつら待たせてるから、お前らに時間こんなに使っちゃって・・・勿体無い」
「あいつらってもいるのか?」
「・・・オレの彼女は昼から手作り弁当を持ってきてくれますけど、なにか?」
「・・・ッ!」



結局、冷静さを取り戻したのか、翼はアレ以降怒鳴ることはなく、得意のマシンガントークで勝利を収めた。側に倒れていたマウンテンバイクを起こして方向転換させてから跨る。 あ、こんなところに隠れていたら私は見つからないけど、私の自転車でバレテしまう・・・!ダッシュで私も自転車へ戻り跨ると、とにかく姿が見えないように!と全力で漕いだ。 1つ目の十字路を左に曲がって、2つ目のT字路を右に曲がる。どこへ向かっているのかもわからない。ただ、このまま真っ直ぐ行けばフットサルコートへ着くのはわかっている。

翼の中で私は今、家で翼のお昼と作っているところだろう。多分柾輝からの連絡がなければそうだったと思う。でも実際は翼を捜して、見つけたのに声を掛けることもせず全力で見つからないように逃げている。



!」
「え?」



急に名前を呼ばれてドキッとして急ブレーキを掛けると本日2度目の耳障りな音がした。朝から気所迷惑だなあと苦笑いしつつ声がした方を振り向くと柾輝がいた。 柾輝!と大声で呼ぶと「近所迷惑」と一言、低く注意される。謝りの言葉を2度言いながら柾輝の隣へ並ぶ。そして、3度目の「ごめん!」を告げた。 柾輝に怒られない程度に言ったつもりだったけれど私の声はやっぱり大きかったみたいだ。だって柾輝の表情が苦笑いを浮かべているから・・・。



「翼見つかったの!」
「・・・は?どこだよ?いねえじゃん。見つかったのに一緒じゃねえの?」
「そう。見つかったのに一言もしゃべってないの」
「わけわかんないんだけど・・・」
「私は家で翼のお昼を作ってることになってるので、帰ります!柾輝は早くフットサルコートに行きなよー」
も一緒に来ればいいじゃん。昼なんていつも適当に済ませてるんだし」



そうなんだ。そう言われたら、終わりだけど、なんでか今日はお弁当が食べたいらしいのだ。ハッキリとは言わないもののお弁当に拘っているのは分かる。 すきな人が食べたいと言っているのなら作ってあげたいと思うのが女の子なのだ!

いや!私は帰るよ!とハッキリ柾輝に断って、じゃ!と右手を軽くあげる。もう少しで翼がフットサルコートに着くからねと念を押し、私は家への帰り道を漕ぎ出した。



「お弁当のおかずなにかあったかな・・・。卵は昨日お母さんが買ってたはずだし。あとー・・・唐揚げ・・・鶏肉はある。あ、野菜も入れなきゃバランス悪いしな」



1人でブツブツ言いながら自転車を漕ぐ姿を翼に見られていたのは、意気揚々と翼の前にお弁当を広げたときにニヤッと笑われながら言われ、恥ずかしくなったのは別のおはなしということで・・・。





とにかくあなただけを
 (結局アレは私が原因なのかな・・・?)





081005 家長碧華
 タイトル提供:as far as I know