スザクがまだアッシュフォード学園の学生だった頃、日本人(いや、当時はイレブン)の私はただ奴隷のように働いていた。 スザクと出逢ったときは柄の悪いブリタニア人しか集まらない酒場で働いていて、毎日が嫌で嫌で仕方なかった私を救ってくれたのがスザクだった。

ユーフェミアの騎士として有名だったスザクがなぜ私みたいな普通の人を救ってくれるのかが不思議だった。その答えを知るのももう少し経ってからのこと。



「スザクー!肩車してー!」
「さっきもしたじゃないか」
「してよー!スザク、肩車ー!」
「してあげるからパパって呼んでよ」
「スザク!」
・・・」



アノときは、まさかこうやって大切な人と一緒になれるとは思っていなかったし、子供まで出来るなんて夢のようだ。 がスザクのことを「パパ」とは呼ばずに「スザク」と呼んでしまっているところは・・・どこでなにを間違ったのかしらと悩んだりもするけれど幸せに越したことはない。 スザクもパパって呼びなさいと言ってるけれど表情が引き締まっていないがためにも注意されている気になっていないんだと思う。逆に面白がって「スザク」と呼ぶのだ。

スザクの茶色いふわふわした頭に抱きつくように掴まり、はスザクに肩車をしてもらっている。最近のはスザクの肩車がお気に入りだ。この間、スザクがこっそりと「僕軍人でよかったって思ったよ」と笑っていた。 鍛えているだけあっていくら肩車をしていても安定性が損なわれることはなく、が飽きるまでそのままの状態でも大丈夫なのだ。



「ママのとこ行ってよ、スザク」
「ママはどこかな?」
「外で洗濯物干してる!」



一度の額をぶつけさせていることもあり、肩車をしたらスザクは常に高さを気にするようになった。天井が低いわけではない。 むしろ吹き抜けで開放感があるが、ドアや部屋と部屋との仕切りの部分を気にして歩いている。ぶつけたときのスザクの慌てっぷりはすごくて、本当にナイトオブラウンズなのだろうかと心配になる程、慌てていた。 これで誰かを守れるのだろうか、と。実際はそんな心配なんてしなくてもスザクは平然とやってのけるからかっこいいんだ。

スザクが心配すればする程の泣き声は大きくなり、私が手を広げると小さな手を伸ばしてきて、腕の中におさまった。 ぶつけたらしい場所は赤くなったくらいで大したことはなかったけれどが泣き止まず、スザクは私の腕の中で泣いているにひたすら謝るばかり。 「困ったな・・・」と後ろの髪をクシャクシャにしていたけれどが「スザクー・・・」と小さな手を伸ばして抱っこして欲しいと表現すればたちまち嬉しそうに笑い、私からを抱き取った。 そしてもこりずにまた肩車をして欲しいというのだ。苦笑いしたもののを再び自分の肩に乗せるあたり、スザクは甘々だ。



「ママー?」
?なにか良いことでもあったの?すごく笑顔だったけど」
「え、そんな笑ってたかしら?良いことありすぎて困っちゃうわって思ってただけよ」
「ママなんでそんなことで困るの?あ、スザク!変な雲だ!」
「ん?アレは飛行機雲っていうんだよ」



が「飛行機雲」と復唱して右手を届かない飛行機雲へ伸ばす。スザクが「ダメだよ、。ちゃんと掴まってないと落ちるぞ」と首を少しだけ上へ向けて注意するもはスザクの言うことを聞かない。 聞いていない。時差でもあったかのように、しばらく間があいてから返事があった。



「大丈夫だよ。だって、スザクは騎士なんでしょ?ママもボクも守ってくれる強い騎士だよね?」
「そうだよ。・・・知ってたの?」
「昨日、圭くんが、のパパってナイトオブラウンズでかっこいいって言ってた。ナイトオブラウンズってなに?」
「うーん・・・強い騎士の集まり、かな?」
「ママ知ってた?」
「知ってたわよ?」
「ナイトメアに乗ってるって本当?なんてやつに乗ってるの?」
「僕のナイトメアは・・・がイチバンすきなやつだよ」
「ランスロット!?なんで教えてくれなかったの!?」



「ねえーなんでー。なんで教えてくれなかったのー」とスザクの頭をペシペシと叩きながら唇を尖らせ拗ねている。から視線を下に下げるとスザクがアノときのようにまた困った顔をして私を見ていた。 「上手くをかわす言葉は僕にはないんだけど・・・」と嘆きの言葉が聞こえて来そうな顔で。

には軍人になって欲しくない」という珍しいスザクのハッキリとしたお願いで、が自分で気付くまでスザクがナイトオブラウンズだという諸々のことは伏せていた。 そういう関係のテレビ、ニュースも見せないようにした。黒の騎士団との戦いのように激しい争いがなくなったから、あまりニュースにはならないにしても、ナイトオブラウンズは表に出ることが多い。 皇帝が映ればスザクも映す危険性がある。「あれ?スザクだ」とが気付かないようにするのがどれだけ大変だったことか。

戦隊モノのようなナイトメアがはすきで、今じゃ人形として売りに出されるほどの人気がある。も数種類持っているが、お気に入りはなぜかランスロット。 ソレで遊んでいるを見るスザクの表情は少し曇っている気がしていた。あんな顔をするスザクを見るのは正直ツラい。

こうやって、避けてきても、それでもが自分の意志で軍人になると告げる日がきたとき、スザクはどうするのだろうか。そんな日はこなくていいと祈るしか、私にはできない。



「パパが自分で言ったら自慢に聞こえちゃうでしょ?パパは自慢とかしないから言わなかったのよ」
「じゃ、ママが教えてくれれば良かったのにー」
「パパはママのだからよ」
!?なんか答えになってないけど・・・」
「違うもん!スザクはボクのだもん!」
まで!?」



私がキュッとスザクに抱きつくと、驚きの声を上げるも、の足首を持っていた手を片手だけ私に回してくれた。「、ちょっとだけちゃんと掴まっててね」と忠告も忘れていない。 「ん!」と大きく返事をしてスザクの頭に両手をめいっぱい回して、しがみついた。ソレを確認してからもう片方の手も私の背中に回ってくる。



「どうしたの。君がの前で甘えてくるなんて・・・嬉しいな」
「・・・そういう気分なのよ」
「ごめん。ちゃんとのことも考えてるよ」
「え?」
「何故か最近、僕のところにがくるから淋しいんでしょ?前はなんでもママだったのに」



多分もじっとスザクの言葉に耳を傾けているのだろう。スザクの胸に顔を押し当てている私からは見えないけれど、動いている音すら聞こえない。スザクの声しか聞こえない。 ソノ声で「ママ」と紡がれるより「」と紡いでほしい。ソレだけで私の心は一気に晴れ渡る。



「スザクのバカ」
「バカなんてに初めて言われた気がする」
「・・・最初で最後よ。スザクのくせに私の心を読んだから」
「なんだよ、僕のくせにって。酷いなあ」
「スザクに心を読まれるとは思わなかったわ」



パッと勢いよく離れてしまったためにスザクが少しよろめいてバランスを崩した。「うあ!」と小さくが叫んで、後ろに倒れて行くのがスローモーションのようにゆっくりと流れて行く。 私もソノ中に入ってしまった。素早い反応なんて、できない。唯一、普段通りの、いや、普段以上のスピードで反応できたのがスザクだった。両手をサッと後ろに伸ばし、の肩とおしりをキャッチする。
斜めになった格好では止まった。



「ごめん、。怪我はない?」
「う、うん。大丈夫だよ、パパ」
、僕のこと・・・!」
「初めてパパって言えたわね」
「す、スザク!降ろして!!」
「もう戻ったの?」



急に「降ろして」と始まり、自分の足が地面に触れると今度は私の手を引っ張り、家の中へバタバタと走っていく。スザクが1人ソコに取り残されてポカンとしている。先ほどの救出劇とは正反対だ。 今はスザクが反応できていない。

一方、はスザクの姿が見えないのを入念に確認してから、ちょいちょいと手招きする。の目線に合うように膝をついてちゃがむと両の手を口元に持ってきて、内緒話をしようとする。 なに?と耳を傾けると「パパって・・・本当に騎士なんだね!」とコソコソとくすぐったい声で一言そう言って、はにかんで見せた。

私は知っている。が私にだけはスザクのことを「パパ」と呼ぶことを。スザクの前でだと「スザク」になってしまうのは「パパ」と呼ぶのが恥ずかしいからだということを。 だからさっき「パパ」と言ってしまったとき、は慌ててスザクから離れた。なにをそんなに恥ずかしがるのかは、わからないけど、それなりに子供なりにも考えがあるのだろう。



ー?ー?」
「あ、ママ!呼んでるよ!」
「・・・誰が?」
「パパが!」



タッタッと走って行ってスザクの胸に飛び込むように抱きつく。ぎゅ――っという表現がピッタリだ。言葉には出来ないくせに行動には移せる。・・・どことなく親子を匂わせるところがあって、面白い。 そこまで大胆にできるなら言葉にする方が簡単だろうとスザクに何度思ったことか。「言葉にするのが苦手なんだ」と眉をハの字にして後ろ頭をかいていた。 そして、「考えてもわからないものは考えないようにした」と笑って付け加えた。

さっきの私の「誰が?」というちょっと皮肉をこめた言い方でもには通じなかった。なんのためらいもなく「パパ」と言い切った。そんなところもそっくりだ。




「ん?」
「ほら」
「え?」



を右腕で抱き上げて、左腕を広げて「おいでよ」と言わんばかりの笑顔をしている。ソロソロと近づくと満面の笑みになり、私を抱きしめてくれた。が笑っている。 スザクは「ん?」とハテナマークを頭上に浮かべ、私はスザクの肩に頭を預ける。

幸せっていうのはこういうことだ。スザクに、に、幸せが少しでも多く訪れますように。





駆けて駆けて、いつかふわりと
 (ママ、おなかへった)(あ、僕も)





081013 家長碧華
 タイトル提供:as far as I know