「甲子園で全校応援がしたい」
「は?」
おれはかなり間抜けな声を出してしまったと思う。「甲子園」の言葉までは頭は冷静だったし、が何をまた言い出すのか身構える事が出来ていた。「全校応援」の言葉でおれは「ああ、こいつは・・・」と思った。
「私を甲子園に連れてって」と言ってくれるならおれだってそれなりに意欲は駆り立てられる。彼女にそう言われたら、実際は「甲子園は誰のためでもなく、行くもの」だと考えていても、連れていきたくなる。
でも、はそんなドラマのような展開はおすきではないようで、リアルに「全校応援」がしたいらしい。
「甲子園に行けたら絶対、全校応援だろうな」
「だよね!応援もさ、テレビで観るみたいにさ、吹奏楽部がリードしてくれてー」
が応援歌の定番曲を歌いだす。「アーチを架けろッ!た く み −!」と歌われたって、おれはホームランバッターではない。続けて「お前はいい男!巧!」とも歌いだす。
こんな普通の道で歌われても恥ずかしさくらいしか生まれてこない。
「ピッチャーの原田は高校生とは思えない球を投げて〜とか、超高校生級の〜とか言われちゃって」
来年の春、おれたちは高校生になる。中学野球はあっという間に過ぎ去った。来年からは甲子園を目指せる。おれは絶対あそこのマウンドに立つ。
「でも私、巧と同じ学校行けるかな?」
「、おれと同じ学校じゃないわけ?」
「同じ学校がいいよ!でも、巧は野球推薦で行けるだろうから、もしそこが頭のすごい良いとこなら私一般の受験じゃ絶対無理・・・」
「もサッカー推薦で行けばいいじゃん」
繋いでいる手をぎゅっと握りしめる。がおれと違う高校に行くわけがないとはっきり言い切れるのは、おれの自意識過剰ではないはずだ。
両親の転勤先にはついて行かずに、新田に一人で残ると決めたのだから。ソノ時点での覚悟は決まっていただろうし、おれにも少なからず責任を感じることもあった。
大人が聞いたら子供のくせになにを言っているんだと笑われるだろう。でも、一人の人生がアノ瞬間で変わったかもしれないし、決まったかもしれない。少し前のおれなら全く考えることのなかったことだ。
自分でも驚いた。それだけを想っていた。今でも変わらない。今の方が気持ちは強くなっている。
「はやく高校決めろって先生うるさいよねー。サッカー推薦で行けるとこなら、はやく決めておいた方がいいって」
「・・・おれが行きたい高校決まれば、も決まるんだよな?」
「うん、そう。でも、巧、高校決めるの急がなくていいよ。推薦なんて考えてないし。サッカーやれればいいかなーって感じ。高校になければクラブチームっていう手もあるしさ。じっくり考えて?だからさ!
だから、甲子園で全校応援やらせてね!」
にっと笑って駆け出した。夕陽を背に浴びるようにこっちに向き直り「地区予選の決勝の全校応援なんて全校応援のうちに入らないんだからねー!!」と両手を口元で円にして叫ぶ。
叫ぶのがすきだなと、一人呟いてみる。勿論、には届いていない。逆光ではっきりとは見えないが相変わらずの笑顔だろう。おれも右手だけの半円で叫び返した。
「一回や二回で満足すんなよ!」
「するわけないじゃん!決勝の全校応援を6回経験したら文句はいえないけどね!」
ソレはおれが在学中に春、夏ともに3年連続で決勝進出を意味する。そんなの前代未聞。前例などない。そんなことを笑顔で言っている。冗談が入っているのかは・・・正直わからない。
「3試合連続でハットトリックしたら、なにかご褒美頂戴!」と宣言した次の日の試合からはソレを達成した奴だ。恐ろしい奴だと思う。
そんなことより気になったのが、さっき「サッカーやれればいいかな」と軽く言ったことだ。サッカーがやりたくて、やりたくてたまらないという人間がだ。
おれがこれまでの中学生活で思ったことは“は新田東中サッカー部には勿体無い存在”ということだ。それ程巧い。高校だってオファーが来ているらしいし、聞いてみれば有名な学校名がの口から飛び出てくる。
クラブチームに行くなら見学なり、練習なりに行った方がいいに決まっている。
でも、離れたくないという気持ちが強かった。ストレートに言葉にしたことは一度もないが、おれもも同じ気持ちだという自信があった。
おれとにだけではないが、「仲の良い友達が行くから自分もソノ高校に行くっていうのはやめておけ」と何度も教師団から言われてきた。そして大抵「後々困るのは自分なんじゃから」と続く。
後のことなんて考えていられる余裕はない。いつ新田を離れなきゃならない理由が出来てもおかしくない。今はは一人で暮らしているけれど、いつ両親の元へ行かないとならない理由ができてもおかしくはない。
コレはだけじゃなくておれにも当てはまることだ。おれたちの父親の職業上、転勤となればまず近場などありえない。今までがそうだったからソコはハッキリと言いきれる。
(実際、の両親は今、新潟にいる)
そうなれば高校だって転校しなければならなくなる。なら、後のことなんて考えずに今を考えるべきじゃないのか。
担任にそう伝えようとは思わないし、担任は知らなくてもいいことだ。余計なことを言う義理もない。は遠まわしにさり気なく言ったことがあるらしい。失敗に終わったのは言うまでもない。
「おれもの応援に行きたい」
「私の応援?巧がきてくれたら私ハリキリすぎて空回りするかも」
「マジかよ、ソレはカンベン」
「ウソ。絶対良いプレーできる。すきな人に応援されたら力出るに決まってるじゃん」
「うん。すごいわかる」
そう言うとは何故か驚いたような表情をして頬を微かに染めて固まった。おれが首を傾げる「巧はなんでもストレートだから照れる」と言って俯いた。そして「早く変化球も覚えてよッ!」と叫んで走って行く。
(また叫んでるし・・・。しかもどっちの変化球だよ。言葉か?それとも実際の球種のことか?)
背負っているエナメルバッグがの動きに合わせて、重そうにの腰あたりにぶつかっている。そんなの気にもならないようでの走るフォームは相変わらずしなやかでキレイだ。
ローファーでそんなに走って転んだらどうするんだ。大事な司令塔が下校途中に転んで怪我したなんてそんなバカなこと、おれならごめんだ。
「変化球なんか投げてもには無意味だと思うんだけど」と言えばどう反応するだろうか。
「変化球、まだ覚えなくていいや」
そうまた一人呟いてを追うようにおれも走り出した。同じように思いエナメルバッグを背負っていてもスニーカーのおれがに追いつくのに時間は殆どかからないだろう。
追いついたらなんて声を掛けようか。
漠然とした幸せの定義はもうすっかり
(こそ全部ストレートだろ)(違うよ。私は無回転だよー)
081026 家長碧華
タイトル提供:as far as I know