今日はと2人での試合を観にきた。前回、アレから家に帰ってが「今度の試合は母さんもきてね」とせがむと、「お父さんのお休みとかぶってからだよ?」と少々まだ乗り気じゃなくも、了解した。
すかさずが「次、父さん土曜日試合で日曜日オフだから大丈夫だよ!」と先手を打つとはもう言うことがないようで「わかったわ」と笑った。
たち、子供たちは先にバスで試合会場へ着いている。オレとが着いたときにはすでに何人かのお母さん方がいた。「ちょっと行ってくる」と言って、はソノお母さん方の輪へと入っていった。
今日もいろんなチームが来ている。もしかしたら、この間握手した男の子も来ているかもしれない。全部で4面あるピッチをながめているとがオレを呼んでいるのに気が付いた。
「どした?」
「の試合、もうはじまるって」
「どこでやるわけ?」
「そこのピッチだって」
は目の前の緑の芝のピッチを指差した。ソノ隣のピッチではすでに試合が始まっている。両チームの母親の声がこっちまで届く。子も必死なら親はもっと必死か。
そう思ってはみても、他人事ではない気がして、自分も自分の息子を探す。
チームメイトとなにやらしゃべりながら、ドリンクボックスを運んでいるを見つけた。自陣側に設置されているベンチ近くにそのボックスを置いて、上のジャージを脱ぐ。
今日の朝、「絶好調だ!」と豪語していただけあり、身体は軽そうで何度もジャンプを繰り返している。
突然、腕を軽くたたかれる。横を向くとがいて、その隣に知らない女の人が立っていた。誰かの母親だろう。
「翼。こちら、誠くんのお母さん。FWの9番背負ってる子の」
「ああ、あの子。どうも、初めまして。の父の椎名です」
「こちらこそ初めまして。いつも誠がお世話になってます」
「いえ、こちらこそ。いつも仲良くしてもらってるみたいなのに、挨拶が遅れてすみません」
「そんなの気にしないでください!お忙しいでしょうから」
短くするどいホイッスルの音が聞こえた。試合が始まるらしい。両チームが整列して頭を下げる。小学生のくせにやることはプロと一緒だ。
の視線はバックの中央、GKの前の自分の居場所へと走っていく自分の息子の小さな背中を追っていた。心配そうで、不安そうな表情にさえ見える。
はいつもの試合を観るときはこんな表情なのだろうか。
そんな不安にならなくても大丈夫だと声を掛けてもムダだろう。この試合が終わらない限りの表情は緩まない。たとえ、何点差がひらこうが。やってみないとわからない、ということをちゃんと知っているからだ。
少なからず、キャプテンの親という責任も感じているらしい。
前半、始まって早々にファールをしてしまい、ゴール真正面の絶好の位置でのFKを与えてしまった。仕方ない。スライディングに行った6番の足が掛かってしまった。が壁のイチバン右に立ち指示を出す。
自分が小さいということを理解し、真ん中には立たない。真ん中は背の大きい子を置く。自分はあくまでも指示を出す。うん、出来てる。小さなが少し大きく見えた。
相手キッカーが蹴った瞬間に外れたと読めた。クロスバーのはるか上を通り過ぎていき、ソノ瞬間相手チームの母親からはタメ息が、うちからは「OK,OK」と拍手が起こる。
が「良かったー」と長く息をはいて、両手を小さく握りしめた。変に力が入っているのは選手じゃなくて応援の方かと笑えてくる。
「翼なに笑ってんの?」
「、ずいぶん力入ってるなと思って」
「翼もも同じポジションで、こういうサッカーの見方しかできないんだもん」
「こういう見方?」
「守備のときにハラハラする見方。攻撃はさ、外しても次って切り替えられるけど、バックなんて一点でも入れられたらダメでしょ?なんで親子で同じポジションなのよー」
「オレも息子だし?背までオレに似なくても良かったのになあ。まあ、ソレはに似ても小さいか。だから、背は可哀想ではないけど、ごめんなって思う。の気持ち痛いほどわかるし。ソノ分頭使えって言わなくて言わなくても解ってる辺り流石オレの息子だよね」
年を重ねてゆくあなたを、
そう話している間にも試合は流れていて、アレ以来ピンチというピンチはなかった。ハーフタイムになると翼は「ちょっとあっち観てくる」とフラッとどこかに行ってしまって、私は他のお母さんたちに囲まれることになる。
初めての両親が揃って、しかも父親はアノ椎名翼だ。ウソじゃなかった!と周りが目を輝かせているのに薄々気付いていた。(ウソって何よ、ウソって!)
「くんと椎名選手そっくりよね」
「今日はガンバ練習じゃないの?」
「だって昨日鹿島と試合だったじゃない」
「あ、そうよねー!」
私が一言もしゃべらなくても続いていくお母さんたちの会話。私がいなくてもいいじゃんと心の中でグチて、顔には笑顔を浮かべる。ただ、翼のファンなだけなのだ。
そこに救いの声が投げ掛けられた。
「ー」
「ん?どしたの」
大阪ジュニアFC(という名の強豪チーム)の男の子と一緒に歩いてくる翼。そして「マジック持ってない?」と聞いてくる。マジックなんて持ち歩かないよーと言いつつもカバンの中を探してみる。
やはり、マジックは入っていなかった。
ソノ様子を見て翼が男の子に謝っている。「また忘れてごめんな」と男の子の頭に手を乗せて申し訳なさそうに笑った。ソノ後少しの会話をして男の子は背のわりに大きな背番号4を揺らしながら駆けて行った。
「どしたのアノ男の子」
「前1人で来たときに声掛けられたんだけどマジックないから握手だけして下さいって言われて、次見つけたらサインしてあげようと思ってたんだけどね。まさか今日いるとは」
「アノ子ジュニアだからどの大会にも来てるよ。しかも4番だもん」
「強いのあそこのチームは」
無言で頷くと「ふーん・・・」と小さく呟いて男の子が駆けて行った方を見つめていた。今日観戦するのが二度目な翼はチーム名を聞いただけじゃピンとこない。大阪ジュニアFCといえば強豪チームでライバルチームだ。
多分翼ならすぐに他のチームのことも覚えてしまうだろう。そしたら翼に分析してもらえばいい。プロが見る視点と私たちが見る視点は多分違うだろうから。
早くも翼は「大阪ジュニアFCね・・・」と名前とユニフォームはインプットしたらしい。上下とも紫のユニフォーム。翼の視線の先にはソノ紫のユニフォームを纏った少年たちがアップをしている。
「他の息子を気に掛けてどうするの」
「はあんまり気に掛けない方がいいと思ってね」
「なんで?」
「あいつの性格上あんまりアレコレ言うとすぐ拗ねるのなんかにそっくり。どんだけ自由にやりたいんだって感じ。まあ、ソレはあくまでも表面上のはなしでちゃんとサポートはするし。
練習も出来るだけ観に行こうと思ってるんだけど」
翼を庇うために言うわけではないが決して興味がなかったわけではない。息子が自分と同じサッカーをやっているのだ。父親なら嬉しいに決まっている。
けど翼は観に行きたくても行けない理由があり(自分の練習とか取材とか相手チームの分析データを覚えるだとか、Jリーガーは暇そうに見えるが普通に忙しい!)が話すことを嬉しそうに聞いていた。そんな中、時間を作ろうとしてくれている。
何故か途中、私のことも・・・混ざっていたみたいだけど、ソコは聞かなかったことにしよう。そんなすぐに拗ねたりしないと思うんだけどな・・・。翼にはそう見えているのだろうか。
「それにさ、自主練もと同じグラウンドで練習したらいいわけだし。土だろうが芝だろうがどっちでもいいよ。なんでもっと早く気付かなかったんだろ、オレ。後でんとこの監督に聞いてみるかな」
「なんだか翼が楽しそうだね」
「オレ?そうかも。楽しいし、嬉しいよ」
無邪気な子供のように笑って、そろそろ始まる息子の後半を観ようと戻って行く。がこっちを見ていた。ソレに気付いた翼は右手を軽く上げて一言「声!」とだけ叫ぶとはコクンと頷いてみせた。
「父さん!オレ、どうだった!?」
「んー50点かな。声出てる、指示も出せてる。けど、がもっと動いてもいいんだよ。アノFKのときなんで壁に入ったわけ?アノときは・・・」
試合が終わって、チームが現地解散するとは急いで私たちの元へ駆けてきた。早く自分の評価を翼から聞きたかったのだろう。
リアルに甘い意見抜きでつけた翼の評価には考え込むように聞き入っていて、ときどき頷いては良い返事をする。
私がアレコレ言っても聞かなかったくせに生意気な、と思いつつソノ真剣な表情がどこか翼に似ていて頼もしく感じる。
「ねえ、父さん」
「ん?」
「今日の試合、父さんと母さんが観に来てると思うとちょっと緊張した」
ニッと遠慮がちに笑うの頭を翼はクシャクシャに撫でる。翼の表情も笑顔だった。そんな2人を見ているとこっちまで笑顔になる。
「、オレ持つよ。思いだろ?」と私が持っていたのエナメルバッグを軽々と肩に掛け、翼は私だけに聞こえるような小さい声で続けた。
「こんなに嬉しがってもらえるとは思ってなかったよ。・・・淋しい思いさせてたなら可哀想だったかな」
「これからは私たち2人が揃って観に来るのが当たり前になるんだよ?今までの分、取り返せばいいじゃない」
「ねえ、母さーん。今日のご飯なに?オレ、オムライスが食べたいんだけど、ダメ?」
「じゃあ、オムライスにしようか。ケチャップでにはなんて書いてあげようかなー」
「無失点がいい!」
「え、無失点?難しいな。画数が多い」
「、オレには愛してるでいいよ」
「ちょッ!翼、なに言ってんの!!」
「冗談だよ。赤くなっちゃって可愛いヤツ」
「・・・母さんをからかうなよー」
そう言っては翼の腰辺りを両手で叩いて、頬を膨らました。珍しいのソノ反応に翼は驚き、私も同じような表情だったに違いない。恥ずかしくなったのかは俯いて歩くスピードが遅くなる。私たちは顔を見合わせて小さく笑った。の小さな、小さな反抗がとても可愛らしい。
「無失点って書いてあげるから早く帰ろう、」
「・・・父さんにはなんて書くの?」
「え、ソレは・・・」
「だから、告白に決まってるだろ?」
「翼ッ!」
「はみたいな良い人を早く見つけるんだね。はオレのだからには渡せないんだよ」
「・・・父さんのばかー!」
そう言って私たちの遥か先へと駆けて行く。アレだけ試合で走ったのに随分元気だなー、と呟くと隣で翼が笑った。「母親は随分のん気だね」と言って笑った。
旦那の得意技がマシンガントークだなんて超攻撃的なモノだったら、嫁はソレに耐えられるようになるんだよ、そう言ったらまた笑うだろうか。とにかく、まずは息子の機嫌を取るための方法を考えなくてはならなかった。
ずっと傍で見ていられますように
(、すきな子いるでしょ?)(い、ない!)(この間家に連れてきた子か?)(ち、違うもん!)
090125 家長碧華
タイトル提供:as far as I know