プリントを渡したときに目に入った、の昨日とは違う爪。淡いピンク色で先端は白く縁取られていた。女の子らしいにはぴったり合っていて、素直に可愛いと思う。



、その爪どしたのー」
「塗ってみたの、どう?」
「めっちゃ可愛いよ」
もどう?やってみたら?の爪キレイだもん。塗ったら絶対可愛いよ」
「やだよー。伸ばしたくないし、マネジには邪魔だし、選手を引っ掻いちゃったらどうするの!特に三橋くんの指とか!隆也に怒られるとかじゃ済まされないし、私がいやだもん」



やってみたいなーとは思うし正直に言えばやりたい!私だって女の子だ。でも、野球部のマネージャーだ。今の私にはネイルなんて余計なものでしかない。 そんなモノは引退してから思う存分やればいい。今は野球部最優先!



「はい、はい。は選手が大事だもんね」
「全部活のマネジはそうだよ。千代だって、そうだもん」
「野球部は幸せだと思うわ。マネジに恵まれてる。でも、違うのよ。いい男目当てでマネジをやる女子はたくさんいるの」



そう強く語るの言葉に、そんなもんかなあと口には出さずに心の中で呟いていると(だって口に出したら更に強く語るのが簡単に想像できるもん)、隆也が購買から帰ってきた。 「ん」と言って私の机の上に紙パックのオレンジティーがトンと静かに置かれた。なにか飲み物を買ってきてとは頼んでいないはずだ。 オレンジなんて出たんだ…!と目の前のソレに興味津々も、私の隣の自分の席に座る隆也にクエスチョンマークを飛ばしながら見つめた。 私の投げ掛けを受け取ってくれたのか、「ソレやるよ」とぶっきらぼうに告げた。



「新しいのが出てたから買ってきただけだ。と一緒に飲めよ」
「ホント!?ありがとう、隆也!、飲んでみようよ。オレンジだよ、オレンジ。美味しいのかなー」
「ごめんね、阿部くん。私にまでって」
「いいよ、別に。2つ買ってきたわけじゃないし。1つで悪いけど」
「1つでいんだよ。私1つすら飲み切れないし!」
「だと思って1つにしたんだよ。いつもお前の飲み切れない分オレが飲んでるんだから」
「ごめん、ごめん」



隆也はパンとコーヒー牛乳を買ってきていて既にモシャモシャと食べ始めている。まだ2時間目が始まる前の休み時間だ。朝練でお腹が減ったのだろう。 育ち盛りの男の子はよく食べる!お昼御飯だってまだ食べるの?っていうぐらいの量を毎日食べている。私の2倍はあるんじゃ…といつも思う。



「あ!でも、さっきのはなし、いい男目当てとかそんなこと言われたらさ…」
「なに?」
「私、隆也と付き合ってるもん」
「ん?」



隆也が一体なんのはなしをしているんだという目でこちらを見てきた。はそんなこと知っているからという表情でオレンジティーを飲んでいる。いつの間にかストローをさしていて驚いた。
(私が最初の一口を頂くつもりだったのに…!)



は阿部くん目当てで野球部を選んだの?」
「違うよ!高校に入ったら絶対野球部のマネージャーをやりたいって思ってたの。隆也はたまたま…?」
「阿部くん。今の聞いた?阿部くんすきになったの、たまたまらしいよ」



コーヒー牛乳をストローなしのダイレクトでゴクゴクと飲んでいる隆也は「うん、聞いた」と、どうでもいいという風な返事をする。コーヒー牛乳を飲む度に上下する喉仏から目が離せなかった。 男の人の色っぽさがあるのだ。



「え…あ、そ、そうだけど!そうじゃないよ!」
「…どっちだよ」
「たまたまじゃなくて!隆也がいるから野球部のマネージャーになったわけじゃないし。だんだんすきになったんだし…」
「…わかった。わかったからあんま恥ずかしいこと大声で言うなよ。ここ教室だぞ」



そう言われて教室を見回すもクラスの中はそれぞれの話し声や笑い声で煩くて誰も私たちの会話を聞いている人などいない。 それに私と隆也が付き合っているのなんてこのクラスでは知らない人はいないだろうし、学年で考えたってソレは似たようなことだ。こういうウワサは広まるのが、早い。 特に西浦は野球部に注目が集まっているから野球部関係なら簡単だった。

ソレを嫌そうな顔せずに、逆に満更でもなさそうな顔で私に言ったことがある。「オレたちは学校公認だな」と。 一部の女子からは認められてはいない気がするけどね、と言うと「オレは多くの男子から認められてないと思う」と返ってきた。ハッキリ言ってソレはない。

普通の声の大きさに戻った私を見て隆也は言った。



に聞かれるのがイチバンいやだ」
「ソレ酷くない?なんで私に聞かれたくないのよ?」
「イチバン奥深くまで知ってて、ソレを楽しそうに話すからだろ」
「だって人の恋愛って楽しいじゃない。特にの恋は可愛いから」



なんだかイヤな予感がしてきた。「可愛い?」と隆也が反応するとは良いモノ発見したというような表情でにっこりと笑い、大きく頷いた。 ”引っ掛かった!”というような笑顔と言った方が食っているかもしれない。

「阿部くんにとってはは全てが可愛いと思ってるだろうけどー…」と勿体ぶるようにゆっくりとしゃべりだす。 いくらの名を呼んでも「まーまー」のジェスチャーをされるだけで、妨害など意味をなさなかった。が次に何を言い出すのか予想がつかず小さな恐怖心すら感じてくる。



「阿部くんがすきですきで堪らなかった時期があるの、この子」
「ちょッ、ソレ、ダメだってッ!」
「今もすきですきで堪らないと思うんだけどね」
「そんなフォローいらないよ!」



まさかソレでくるとは…!親友という絆がこんなにも、浅はかだったとは思っていなかった。



「そんなの知らなかったけど」
「桐青戦の前だったと思うんだけど、何がきっかけかは私にも教えてくれないの。阿部くんが、阿部くんがーってうるさくて」
「へえ?」



コレ以上に抵抗してもダメだと悟り、大人しくすることにした。チラッと隆也を見ると私に気が付いて「ん?」と尋ねるように首を傾げる。真実…ですか?このおはなしは真実ですか? 私の口はそう告げていて頭は”なんで隆也に聞いてるんだろう”と考えている。「真実に決まってるじゃない!」という、の容赦ない返答に小さくうめくしかなかった。



「オレは真実だと信じたいんだけど」



今度はチラッとではなく顔まで隆也の方に向けた。反射的に向いてしまったという方が正しい。バッチリ目が合って、恥ずかしくなってフィッと視線を下にずらす。コーヒー牛乳を掴んでいる指が視界に入った。 決してキレイとはいえないけれど(だって野球してたらねえ?キズはたえないでしょ?でも、ソノキズが勲章じゃない!)骨ばった長い指。いつも私の手を優しく握り締めてくれて包み込んでくれる大きな手。 気が付くと隆也の手に自分の手を伸ばしていた。触れるか触れないかのときに隆也に名前を呼ばれて、我に返った私は自分がなにをしようとしているのかを理解した。
と、同時にすごく、スゴク恥ずかしくなってイスの音を派手に立てて、立ち上がった。



「ちょ、ちょ、ちょっと、どっか行ってくる…!」
「は?もう休み時間終わるぞ?」
「で、でもさ!どっか行かなきゃ!!」
「落ちつけよ、



立ち上がったままの私に無情にもチャイムが鳴り響いた。は楽しそうに笑いながら自分の席に戻って行く。仕方なくそのまま座り直すと隣で隆也も笑っていた。この場から逃げ出したかった。 オレンジティーをノドに流し込み、一息つくもまだ落ち着いてなどいられない。



「お前、本当面白いな」
「面白くないー…」
といると飽きないし」
「そう?ソレってさ、褒めてる?」
「褒めてる。だから、すきになったんじゃねえか。一緒にいてつまんない奴をすきになったりするかよ」



そう言って、飲み終わったコーヒー牛乳の紙パックを律儀に潰して隆也はゴミ箱へと向かって行った。あんな言葉を残して自分だけ(1分も掛からない短い時間だけど)どっか行くなんて卑怯だ。 私はどこにも行かせてもらえなかったのに。ただ、「時間がなかっただけ」と言われたらおしまいなんだけれど。

戻ってきた隆也は心なしか、ちょっとだけ照れていた気がした。





憎し、我が友よ
 (…なんだよ)(んーん、なんでもないよ)





090222 家長碧華
 タイトル提供:as far as I know