抽選会から2日経った夜、ベッドに投げ出されていた携帯が軽快な音楽で着信を知らせた。この曲はだ。ベッドに手をつき、携帯を掴むと親指でパッと開き、通話ボタンを押して耳に当てる。?と呼び掛けるとオレの名前を呼んで応えてくれる。そのままベッドに仰向けに横になり、の声に耳を澄ませる。次にくるであろうの言葉を知ってはいたが、あえてオレはソレを待っていた。



「今、大丈夫?」



オレとの電話での会話はいつもこの言葉でスタートする。大丈夫じゃないことなんてほとんどないが、こういうささいな気遣いがとても嬉しい。多分「大丈夫だけど」と返すオレの表情は緩んでいるに違いない。そんな顔をシュンに見られでもしたら大変だ。この間「兄ちゃんがちゃんとしゃべってるの表情でわかる。野球部の人とだったらちょっと眉間にシワが寄るのに、ちゃんとだったら顔が緩んでる」と言われてしまった。そんなこと知るか、と思いながらも恥ずかしさがかなり、あった。

今も別に忙しくなんてなく、「大丈夫」と返す。



「どうかしたか?」
「ううん、何してるかなーって思って。ただ、私がヒマだっただけなんだけど」
「今、桐青のデータ覚えてた」



起き上がって、机の上に広がっているプリントを手に取り、パラパラと捲ってみる。監督からもらったかるく10枚は超える数のプリント。コレを1人でいつ作ってんだ…と、渡された時は驚いた。多分、篠岡も手伝ってるんだろうけど、選手1人1人に対するデータ。過去の試合成績。更には監督のデータもあるのだから更に驚いた。

ソノ膨大な量のデータが詰まった全てのプリントに手書きで付け加えられていて、ほとんどが自分の見易いとは言えない文字だがところどころに田島のデカくて汚い字や花井のキレイな字が紛れている。

部室にプリントを置いたままにしていたらいつの間にか付け足されていたのだ。実際、ソレは有難いことで自分でも気付いていなかったコトが書かれてあった。大抵、デカくて汚い字だったから読むのに少し苦労したのは黙っておいてやろう。田島はすごいヤツだと、こんなところでも感心せざるをえなかった。時々擬音語のような、オレには理解できない書き込みもあったがアレは田島にしか掴めない感覚なのだろう。ソレを文字にした結果、「クシャッてなったら行ける!!」。…何が行けるのかすら、オレには理解できなかった。

電話口の向こうでゴソゴソと何やら探している音が聞こえる。



「私もね、ちょっと覚えたんだよ。人をね!隆也のようにデータとかじゃないんだけど…あープリント見つかんない」
「覚えたんなら言ってみろよ。オレがプリント見といてやるから」
「えーっとね、エースは2年の高瀬準太さん。経験は充分ある!決め球はスライダーで上級生相手でも三振が取れちゃうくらいの武器。多分大学行っても通用する!キャッチャーは3年の河合和己さんでキャプテン。チームの柱かな。どっしりしてて河合さんがあそこに座ってないと締まらないっていうか、桐青じゃない感じ?で、1年生もベンチ入りしてるの!真柴迅くんと仲沢りおうくんの2人」
「…お前変なとこ詳しいよね。そんな情報このプリントに書いてねえし」
「私が独自にキャッチした情報です!やっぱりバッテリーは覚えなきゃって思ってメンバー確認したら1年生もいてさ。興味あったから覚えたの。それに桐青って去年甲子園行ってるからさ!応援したよー!ソノときのメンバー結構残ってるもん。覚えてるッ!アノ興奮を覚えてるッ!」



忘れてはいないことを忘れていた。は高校野球がだいすきなのだ。簡単に言えばミーハーだ。だから、変な部分で詳しい。野球の戦術的な面ではなく雑誌やインターネット、新聞などで得られるような知識には強い。そんなこと本人に言ったら多分1人で泣きだすか、「ごめん」と暗くなるかのどちらかだろう。一応、オレたちのためを思ってのことだから、ソレは避けたいところ。本音は言わずに心の中だけに留めておいているオレは出来たキャッチャーで優しい彼氏だと、思う。

去年「高瀬くん、ちょーカッコいい!」って騒いでいた。ソノときはただ漠然と【高瀬準太】という存在に嫉妬をしていて、いつか叩きのめしてやると誰にでもなく誓ったのだった。…今、思い出した。皮肉にもソノ叩きのめすチャンスが本当に巡ってきた、というわけか。野球の神様も粋な計らいってものを知っているものだ。

目の前にいる訳ではないのにお気に入りのクッションか何かをバシバシと叩きながら興奮状態にあるだろうが手に取る様にわかる。は興奮するとなんでも叩きたがり、隣に居るとよく二の腕辺りを叩かれる。流石に痛くはないけれどの変なクセだ。



、落ち着け」
「ん?なに、なに、どしたの?」
「高瀬、高瀬うるせえ。去年とは違うんだぞ、お前の立場が。去年は応援する側だったかもしれねえけど、今年はソノ高瀬と戦う側に立ってんだからな。高瀬の応援なんてもう許さねえぞ」
「…うん。わかってはいます」



わかってはいます、の【は】の意味が少し気になるも、聞かないことにした。声のトーンが変わって大人しくなったということはオレの言葉がにちゃんと伝わったと捉えていいのだろうか。気のせいかクッションを叩く音も聞こえなくなった(元々聞こえていたとハッキリとは言えないが)

少しの沈黙の後、がおずおずと気に出してきた。



「今は西浦がイチバン、すきだからね?」
「おー。んなことは、わかってるよ。つか、そうじゃないと困る」
「…ソノ中でも、キャッチャーがすきです」
「…おー」
「あ、照れてるでしょ?隆也照れてるー」



またのテンションは急上昇して、嬉しそうに笑っている。オレの機嫌がさっきょりも断然良いのは桐青(高瀬)のはなしじゃなくて、オレのはなしでがはしゃいでいるからであって…なんだか自分で笑えてきた。





そのままとられたら困ってしまう
 (がすきでしかたねえんだよな、オレ)





090321 家長碧華
 タイトル提供:as far as I know