「ごめん、私もう寝るねー…。なんだかすごくねむたい」
目を擦りながらそう言って、気持ち顔を少し下げて、申し訳なさそうに謝る。時計を見れば23時を少し過ぎた時間だ。は今日、早起きをして2部練だったオレのために弁当を作ってくれた。適当に誰かと外で済ますからムリしなくていい、と言うオレの言葉を流して、わざわざ作ってくれたのだ。「身体が資本なんだからバランスが大事なんだよ!?」と軽く怒られもした。クラブハウスで弁当を食べているときにチームメイトにソノはなしをしたら「お前でも怒られんの」と笑われた。でも、ソレはオレを想ってくれての言葉だから大人しく聞き入れ、朝見た弁当を作っている姿に幸せを感じたりもしたのだ。
何時に起きたのかまではわからないが、オレが6時に起きたときにはすでにキッチンに立っていて、朝食の用意は完璧だった。眠たいのは当たり前だろう。オレに付き合って遅くまで起きている必要などないのだ。ましてや、謝りの言葉を紡ぐ必要すらない。
「ん。オレはもうちょっと起きてるから。先に寝てなよ」
「んーおやすみー。翼も早く寝なよ?明日も練習なんだから、今日の疲れ持ってったら怒られちゃうよ」
「わかってるって。おやすみ」
ゆっくりとリビングを後にするの背中を見送った。
隣の温もりが消え、少し肌寒くなる。リビングは暖房も効いていて、寒い、わけではなかった。温もりがなくなったのだ。さっきまでオレに寄りかかっていたの温もりが暖かかったんだと気付き、なんだか切なくもなった。がいなければテレビも面白いともなんとも思わない。
(やっぱりオレも寝ようかな)
テレビをオフにして電気も消し、静まり返ったリビングを後にして、が丸まって寝ているだろう寝室へ向かう。1人で寝ているときは大抵丸まって寝ているのだ。寝室のドアは開いたままになっていて、音を立てないようにドアを閉めると豆電球の淡いオレンジと暗闇に包まれた。
「…翼?」
予想通りこちらに背を向けて丸まって横になっていたの隣に腰掛けたときだった。起しちゃったかなと一瞬思ったが、寝ていると思っていたはまだ起きていたらしく、まさか名前を呼ばれるとは思っていなかった。寝顔を覗き込もうとしなくて良かった、と胸を撫で下ろす。
「なんだ、まだ起きてたの?」
「寒いんだもん…。寒くてなかなか寝れなくて」
「寒くて丸まってるくらいならリビングに来たらよかったのに」
「でも、眠いんだもん。リビングで寝ちゃったらダメでしょ?だから、寒さをガマンしてたんだけど…」
そう呟いては更に布団を深くかぶり直し、鼻まで隠れた。身体の向きはオレの方へ向けている。ソレに少しだけ頬が緩んだのが自分でもわかり、そのままの横、布団の中に滑り込む。布団がひんやりとしていて確かに寒い。まだオレは、が先に布団に入っていた分、暖まってはいるが、が1人で入ったときは冷たかっただろう。
「それで寒い中、丸くなってたわけだ。クイーンサイズなのにこれじゃダブルで充分だったじゃん。がこんなにくっついてくるとはね」
「…ケンカしたときこれくらい必要かなぁーって…」
「はあ!?ケンカする前提なわけ?」
「ち、違うよ!?ウソだよ、ウソ…ッ!ケンカはしない、と思う。したくないもん」
「でも、がたまにいきなり怒りだすからね。ケンカもありえるかもよ?」
そうからかうとは本気に捉えたようで「ないッ!ないよッ!」と必死に否定してきた。ソノ姿が可愛くてギュッと包み込むと「寒い、寒い」と言っていただけあり、の身体は冷えていた。オレの身体はリビングにいたおかげでまだ暖かいらしく、身体をすり寄せてきて、まるで猫のようだ。
「…そんなことしてきたら、襲っちゃうけどいいわけ?」
「え、いや、いやだけど…いい、かな?」
耳まで赤くさせながら「翼、だから…」と言ってオレを見上げてくる。必然的に上目遣いになるが可愛すぎて、やられそうだ。どうしてオレの奥さんは無自覚でこういう態度を取るのだろう。オレ以外の前でも、こうなんじゃないかと心配で堪らない。
サラサラな髪から見える赤い耳にそっと触れると、ピクッと身体を震わせて、耳が更に赤く熱くなってくるのがわかる。顔を隠すためか、オレの胸に押し当てて更に密着すれば、オレにとっては逆効果だということも理解していないのだろう。オレにも我慢の限界は、ある。あと少しでソノ境界線を突破してしまいそうだった。
名前を呼んで上を向かせ、軽く唇を奪い、額を合わせる。数センチ動けばいつでも何度でもの唇を奪える距離。ソレは逆に考えても同じこと。の方からだって出来るわけだ。
「恥ずかしくて、寝れないよ…」
「寝なければいいじゃん。こんな可愛いを目の前にして、オレ結構限界きてるんだよね。でも、今朝早起きして弁当を作ってくれて、眠いって言ってるに激しいことさせたら可哀想かな…っていう思いだけで我慢してるんだから。それとも、キモチイイコト、させてあげようか?」
の返事はなんとなくわかっていた。わかっていても、無理矢理は嫌だったし(オレは一度だってを無理矢理抱いたことはない)、きちんとの気持ちも知りたかった。嫌なら、いいよ。このまま抱きしめたまま寝させてくれれば、と言うとが一瞬視線を絡め、目をゆっくりと閉じて軽く唇を重ねてきた。
「合意の上で、そう捉えていいんだよね?今のキスは」
「…ん」
「明日は遅くまで寝てていいから。だから、今夜は…」
の顔の横に手をつき、さっきした軽いキスとは違う深いキスを贈れば、すでに瞳はとろんとしていて、虚ろなまなざしでオレを見ている。キスだけで感じてしまったのか。それはそれで、嬉しいのだけれど。
とにかく、今のオレには全てが理性を奪いそうになる敵だった。ソノ敵にこれから打ち負かされるとわかっていても、勝てるわけがないと唯一負けを認める敵なのだ。
「いっぱいカンジてよね…?」
キミに溶けるオレの温度
(翼。明日何時に出るの?)(8時くらいかな)(…ちゃんと起きる。行ってきますのキスしてくれなきゃ淋しい)
090405 家長碧華
タイトル提供:be in love with flower