『さぁ、驚きの話題が飛び込んできました。プロ野球選手の原田巧選手と女子プロサッカー選手の選手が熱愛交際をしているとスポーツ報知が伝えております。一昨日の夜、2人は…』

(なんじゃ、今更)

テレビの中のどこか意地悪そうな女子アナが妙な表情でこの記事を読んでいる。兄ちゃんを狙ってでもいたのだろうか。元々、あまりすきではなかったアナウンサーだがコレで一段と好感は持てなくなった。

兄ちゃんとちゃんの今の関係が始まったのは中学校2年生の辺りからだ。兄ちゃんが「と付き合うことになった」なんて報告してくれるわけもないから、いつから、というのははっきりとはわからないが多分2年生になってからだと思う。

今は2人とも20歳とちょっとの歳になっている。5年以上も付き合っているのだから、昔から2人のことを知っている豪ちゃんたちも多分、僕と同じことを思っているに違いない。



「青波ー。ご飯食べちゃいなさい」
「時間はまだまだあるけん。兄ちゃんのニュースくらい見たっていいでしょ」
「巧のニュース?」
ちゃんとの関係がバレたみたいなんで」



バレたという表現は正しくはないと思う。多分兄ちゃんは隠してはいなかっただろうから。会いたいときに会い、ちゃんと一緒にいる時間を大切にし、むやみやたらと周りに言ったりはしない。兄ちゃんの性格上、我慢なんてしないはずだし、自慢もしないはずだ。

ソレはちゃんも似たようなモノだと思う。2人はどこか似ているところがある。でも、当の本人たちは気付いていないらしく、兄ちゃんに至っては「は青波に似てる」と言う始末。僕とちゃんの共通点は何だろうと探してみるも結局今も答えはわかっていない。【兄ちゃんがすき】ということぐらいだろうか。ソレだって、【すき】の意味が違うから、やっぱりわからないのだ。

「雰囲気が似てるんだ」と言われても自分の雰囲気などわかるはずもなく、ただちゃんの雰囲気は柔らかくて一緒にいると癒される、このことだけはわかっていた。



「あら…バレちゃったの?巧は自分でなんとかするでしょうけどちゃんは女の子だし…。心配だわ。大丈夫かしら」
「兄ちゃんが守るから心配せんでも平気じゃ」
「そう?そうよね。巧、ちゃんのこととなると野球でさえどうでもよくなるみたいだからね」
「兄ちゃんはちゃんがいないとダメなんじゃ。兄ちゃんの唯一の弱点なんで」



いつの間にか兄ちゃんのニュースは終わっていた。多分、この騒ぎも一時的なものだ。兄ちゃんもちゃんも充分理解しているに違いない。案外、冷静なのはちゃんだったりして…と考え、まだ殆んど箸をつけていない朝食を食べ始めた。




微笑って、




「あ」
「ん?巧どしたの?」
「オレとが新聞に載ってるらしい」
「え?あーホントだー!新聞に載ってるよ」
「でも、結構頻繁に載ってるだろ」
「それなら、巧の方がたくさん載ってるでしょ。今回は、いつもと載り方が違うね。載ってるページのジャンルが違う!しかも2人でなんて始めてー」



いただきます、と手を揃えていたときにテレビから聞こえてきたオレとの名前。いつもオレのチームの取材に来る女子アナウンサーがフリップに留めてある新聞紙を指示棒で追いながら読み上げているところだった。…今頃か。よっぽど他に書く記事がないんだな。そう思うだけで特に焦りはしなかったし、何より目の前のがまるで他人事のようにテレビ画面に嬉しそうに見入っていたから逆に笑えてくる。

一昨日の夜からの家に泊まりにきていて、ソコを見られて、撮られたらしい。アナウンサーが読んだ記事をそのまま、オウム返しに言えばこうだ。

【原田選手と選手が手を繋いで歩いているところを見た場所は選手の自宅の近くで、この日はお泊りデート。原田選手が愛車で迎えに来ることもよくあるそうです。最近では半同棲生活をしているのでは…?というウワサも聞こえてきます】

こういうのは週刊誌じゃないのか。いきなりスポーツ新聞に取り上げられるのか。と考えてる辺り、オレもあまりのことを言ってられない気がした。

しかし、こうやって文字にされると気持ちが悪い。ヒソヒソと流れるウワサも気持ち悪いというか気分が悪いが、文字にされて、しかも全国放送されるというこの気持ちを初めて味わった。オレたちの関係を報道して一体何の役に立つのか。スポーツ選手のオレたちはスポーツコーナーでのみ取り上げられるべきなのだ。

未だテレビ画面に見入っているを横目にオレは特に気にもせずに、箸の動きを止めなかった。の作る卵焼きがすきで2人で朝食を食べるときは卵焼きを作ってもらうことがいつの間にかお決まりになっていた。ソノ卵焼きを迷わずに口に運んだ。



「巧、どうする。外に出て記者がいっぱいいたら」
「すぐ車に乗ればいいじゃん」
「ソレなんか悪さした人が記者の間を無理矢理通って車に乗る感じじゃん。感じ悪いよー」



『さて、続いての話題はこちら』そう言ってボードを回転させるアナウンサーを見てからが朝食を再開させた。

他人にどう思われるかなど気にしたことはない。でも、が嫌だと言うのなら違う方法を考えてみるしかなさそうだ。



「じゃ、発表する」
「何を?」
と付き合ってるってことを。今日のアレはただのウワサみたいなもんだろ。いずれは発表するんだし、記者がこっちにきてくれてるなら、わざわざ記者会見開かなくていいし、楽」
「いずれは発表するつもりだったの?」
「うん」



なぜか驚いたような表情で、また箸の動きが止まった。多分、オレの言葉の意味がに正確に伝わっていない。は「お付き合いをさせていただいております…」的なものをいずれ発表すると思っているのだろう。そんなものはオレだって発表しようとは思っていない。ソレならの【驚く】という反応は正しい。わざわざ「付き合っています」なんて発表で記者会見を開くのは煩わしいだけだし、誰も興味なんてないだろう。

だけど、オレがいずれ発表するのは「結婚することになりました」の方だ。こっちなら記者会見を開くのも悪くはないだろう。まだにプロポーズをしたわけではないが、以外には考えられないし、じゃないのなら意味がない。



「あ…5人くらい記者さんいるかも」



リビングの大きな窓から下を見るの声は、まだ嬉しそうに聞こえた。「なんか有名人になった気分しない!?」と続いたソノ言葉でが嬉しそうにしている理由がわかった。

多分オレたちはオレたちが思っている以上に充分有名人だ。はCMのオファーが来ているらしく、クラブが今調整に入る程の段階にまで進んでいて撮影ももうすぐだと言っていた。某スポーツのバラエティ番組に美女アスリートとして出演もしたことがある。の有名人の基準は一体何なのだろうか。



「私たちに張り付いてても面白い記事なんて書けないだろうなー…」
「じゃ、手繋いで行くとか。どうせ今日はを練習場まで送ってく予定だったんだし。これで別々に行ったら不自然で、こっちがなんか気持ち悪い」



オレたちのそんな姿の写真でも撮っておけば面白い記事、書けるんじゃない?と冗談のつもりで言うと予想以上に食いついてきて、手を繋いで行くことが決定されてしまった。まぁ、が楽しそうだからいいか。

そう思い最後の卵焼きを口の中に放り込み、ごちそうさまを告げた。「お粗末さまでした」と口をもごもご言わせながらも返事を返してくれる。の準備が全て整うまであと約20分というところだろうか。そう考えながら記者の数を目で確認していた。





笑って、





『以前から交際の報道がありました原田選手と選手なのですが、ついにゴールインです』



平日のお昼のニュース番組はつまらない話題ばかりでチャンネルを変えようとしたときにビックリする話題が出てきた。兄ちゃんたちが結婚する。ソノ事実を知ったのがテレビのニュースだというのが淋しいけれど、ソレ以上に2人が結婚することが素直に嬉しかった。

これだけ長い間付き合っていて結婚しないわけはないと思っていたが、兄ちゃんにいつ結婚するん?とは聞けなかった。多分聞いたって、明確な答えは返ってこないはずだったから。

最近、2人が羨ましいと感じるようになってきた。中学生のときから大切だと思える人が現れたことが。そして、その人への想いは今でも変わらずになるということが。羨ましい。僕もソレに似たような人となら何度か出逢ったことはある。何度も出逢っている。いや、出逢ってしまっているの方が表現的には正しいかもしれない。ソレは単に【彼女】なのだ。ソノ言葉でまとめてしまえるくらいな気持ち。確かにすきだった。でも、ソノ想いすらも維持することが出来ず、短い時間ではないが長くもない時間を共にしたようなものだった。

ちょっと前の僕なら、ちゃんは僕のお姉ちゃん、そういう意識が強かった。でも、2人が羨ましいと感じたときからちゃんは兄ちゃんの大切な人、という見方に変わったのだ。だからといって接し方に変わりはないが、自分の中では大きな変化だった。野球しか頭になかった兄ちゃんを変えたちゃん。兄ちゃんに与えた影響力の大きさは計り知れないものだろう。

だからこそ兄ちゃんはちゃんが大事で、ソノ逆もしっかりと成り立っている。そう想える、大切な人と僕も出逢いたい。



「結婚するんかー」



なぁ、兄ちゃん?と口が開き掛けた瞬間リビングの電話が鳴り響いた。今はこの家に自分以外誰もいない。このニュースは最後まで見たかったのに、と心の中で愚痴りながらも受話器を取った。



「はい、原田です」
『青波か?オレだけど』
「兄ちゃん!」
『父さんか母さんは?』



兄ちゃんの声はいつもと全く違わない落ち着き払った声だった。母さんと父さんは買い物に行ってるんで、と告げると「ふーん」とだけ短い反応をして少しの沈黙の後「テレビ見てたか?」と問いかけてきた。



「見てたで。兄ちゃん本当に結婚するん?」
『あぁ。の両親にはちゃんと挨拶出来たんだけど、うちの方は間に合わなかったな。え、あ、青波ちょっと待て。が変わりたいって。…あ、もしもーし、青波?ごめんね、今の巧の言葉じゃ少なくて説明不足だわ』
ちゃん!でも、結婚はするんじゃろ?」
『うん。これで私、本当に青波のお姉ちゃんになれたの。これからも宜しくね?』
「もちろんじゃ。それに、ちゃんはとっくに僕の姉ちゃんじゃもん」



電話の向こうでちゃんが笑っている。言葉が少ない兄ちゃんを理解するのが弟の僕の役目だ。兄ちゃんのことなら母さんや父さん、誰よりも理解していると思っていた。今じゃちゃんには負けてしまう。兄ちゃんをずっと見ていたからわかるのだ。だから、今だってなんとなくは理解しているつもりだ。

兄ちゃんはちゃんとちゃんの両親に挨拶は済ませてあるのだろう。ちゃんの両親が今はどこにいるのかは忘れてしまったけれど、近くはなかったはずだ。スケジュールが多忙で2人そろって行くのは大変だったに違いない。結婚の事実がいつ、どのタイミングで広まったのかまではわからないが、2人で原田家に行く時間を作っているときに新聞、テレビで報道されてしまったのだろう。

電話じゃなくどちらにも直接会って挨拶をしたい、という律儀さがこうなってしまったのか。何とも皮肉なはなしだ。



ちゃん」
『ん?何?』
「兄ちゃんに幸せにしてもらってな?」
『ん、ありがとう。いつも青波はイチバン嬉しい言葉をくれるよね。もちろん、巧を幸せにするのは私だけどね』



照れくさそうに、でもハッキリと言って笑った。

ちゃんには敵わん)

ちゃんが笑っている姿を後ろで見ているであろう兄ちゃんも優しい顔をしているに違いない。なんだか僕まで気持が穏やかになれそうな気がした。





咲って。わら      
 (青波、なんだって?)(幸せにしてもらってねって)(…そうか)





090506 家長碧華
 タイトル提供:red lie