いつものデートのように今話題の映画を見にきている。映画を見て、ご飯を食べて、どちらかの行きたい場所へ行き、そのまま帰るか、どちらかの家に行くかがオレたちのお決まりのデートコースになっていた。勿論、今日もそのデートコースに当てはまるように映画を見て、ご飯を食べ、が行きたいと言っていたお気に入りの雑貨屋を見に行って、オレの家に泊まる予定だ。
シアター内は既に暗くなっていて、もうすぐ告知も終わりになりそうになってきた頃、が自分の腕を抱いているのに気が付いた。
「寒い?」
「んー、なんか寒い」
腕を擦りながらは膝にかけて薄手の上着を羽織った。夏が少し過ぎ去ったこの季節でも、シアター内はクーラーが効いていて、半袖では肌寒い。ショートパンツを穿いているには寒いだろう。ブランケットを借りてこようかと聞くと「大丈夫」と言って微笑んだ。
「恐い映画だからカップルシートがいいな」というの可愛いお願いでカップルシートに座っているわけだが、との間にひじ掛けなどの隔たりがないベンチのような席がカップルシートだ。この映画館には全シアターの両サイドのイチバン後ろにワンペアずつカップルシートがあり、オレたちは左側を選んだ。この位置からして、どれだけくっついていようが、もっといえばキスをしたって誰にも気づかれないのだ。(流石に手を握るくらいしかしたことはにけれど)
映画が始まり、スクリーンに見入っているとがオレの腕を抱きしめるようにして、身体を寄せてきた。まだ恐いシーンはなかったと思うが、何かがには恐かったのか、オレの腕に顔を埋めてスクリーンから顔を背けていた。
「?恐い?」
「…こわい」
「出ようか、一旦」
「ううん。大丈夫、ごめんね」
暗がりで、はっきりとは見えないが多分申し訳なさそうに笑っているのだろう。「もうちょっとこのままでいさせて」そう言って少しの間、オレの腕を抱きしめて話さなかった。別に映画が終わるまでこのままだって構わない。が謝ることは何1つないし、許可を求める必要だってないのだ。むしろ、頼られているという実感と守ってやりたいという気持ち、こんなフィクションのはなしでひどく恐がるは女の子だなと可愛く思えてしまう。
そうしている間にストーリーは進んでいき、中盤のところでまたビクッと反応して、せっかくスクリーンに向けていた顔をまた戻してしまった。そして、完全に見るのを止めてしまったんじゃないかと思うほど動かなくなった。もう無理かな?と思い顔を覗き込むと、怯えたような泣きそうな顔をしているのがわかった。
「恐いなら外に出るけど?」
「だって、翼コレ楽しみにして…。あ、ごめん。私邪魔してるんだよね。離れるから…」
「離れなくていいよ。いいの?オレから離れてコレ見れるわけ?」
「見れない、けど…ッ!?」
スクリーンすら見ていないのに音だけで反応してしまったらしく、突然の銃声にびくりと肩を震わして、一瞬だけ離れていたオレの腕にまた強く抱き付いてきた。
【人が死ぬ】ことに関しては異常に怯える。銃声はダメ。テレビですら誰かが銃を構えただけで机に顔を埋めたり、オレの背中に隠れたりする程だ。刀や武器で戦うシーンも見ようとはしない。戦争なんて論外だし、ちょっと前に流行っていたウイルス殺人も苦手なようだ。とにかく血が流れることを嫌う。
それでも「これくらいなら行けそうだよね?」という興味を最近は抱きつつあって、映画館やテレビで挑戦して見たりするも結局は予想以上に恐くて、ストーリーをあまり見ないままラストだけ見る、なんてこともよくある。これでも進歩した方だ。前は予告で「恐そう」と思えばいくらオレが誘っても「見たくない」の一点張り。今は「考えてみる」まで進んだのだからすごい進歩か。
でも、今日はいつもより怯えている気がするのは気のせいか。必死にしがみついてくる姿はとても可愛くて、今すぐにでも抱きしめて、色んなところに優しくキスをして、オレがいるから、と主張してやりたい。家でなら迷わずそうするけれど(我慢できずに押し倒しているかもしれないし)ここは映画館。流石にオレも本気で一緒に出ようかと考えてくる。愛しい人のこんなに怯えている姿など見たくはないし、怯えさせた時点で自分がを守り通せていないような気がしてならないのだ。
「ちょっと離れてくれる?一瞬でいいから」
「え…」
「大丈夫。ほんの少しだから」
オレが邪魔だと思ったと勘違いしたんじゃないだろうか。ゆっくりとオレの腕から離れていくをすぐに抱き寄せた。腕に抱きつかれていたらオレが抱きしめてやる行為すら出来なかったわけで、腕を開放してもらうために一旦離れてもらったのだ。お互い座ったままだから抱きしめることは出来ないけど、腕を回して抱き寄せることはできる。そうするとはオレの腰に抱きついてきた。そんな無理な体勢で苦しくないのかが心配だ。髪を撫でるように触れてみる。
「終わったけど?」
「ん、お、終わったね。すごい疲れた…」
「力入りすぎ。ほとんどCGじゃん。実際には起こることのないことなんだから別に身構えなくたっていいんだし。スクリーンから飛び出してくるわけでもないのに。そんなに映画に入り込める人もそうそういないと思うよ」
「…わかってはいるんだけどさぁ」
ゆっくりと離れていくの顔が淡いオレンジの照明に照らされて、ソノ表情が読み取れる。確かに少し疲れた顔をしている。こてん。と効果音が付きそうな様子で肩に頭を預けてきた。名前を呼ぶと力が抜け切った声が返ってきて、まるで身体全体に力が入らないように寄りかかってくる。
いつの間にか、シアター内にはオレたち以外もう誰も残っていない。数人の従業員が掃除をしに、忘れ物がないか確認をしにやってきた。次の上映が迫っているのだろう。オレたちも早くここを出た方が良さそうだ。
「ほら、次はが行きたい店に行くんだろ?」
「…翼の家に行っちゃダメかな?」
「オレん家?今日泊まるじゃん。ダメなわけないでしょ」
「そうじゃなくて…お店行かないでもう翼の家に行っちゃったら迷惑かなって」
まだ立ち上がろうとしないを少しの間見つめてしまい、数回の瞬きをした。
迷惑なわけないだろう。何を今更、遠慮する必要がある。が泊まりにくると喜ぶのはオレだけじゃなくて母さんも父さんも、もしかしたらオレ以上に喜んでいるかもしれない。
が本当に申し訳なさそうに苦笑いを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。少しよろけた身体を支えてやると「ははッ、ごめんね。ホントに疲れちゃったみたい」と、また同じ苦笑いを見せた。そのまま指を絡めて手を引くように階段を下りる。の手が冷たい気がする。
従業員の「ありがとうございました」を聞き流して、外に出る。まだ空は明るい。当り前か。夕方というには早すぎる時間で周りを歩く人たちもまだ多い。
ピッタリと寄り添うように隣にいるを見ると少しは落ち着いたようだった。手の暖かさが少しずつ戻ってきている。もともと、それほど手が暖かいわけではないが、さっきの冷たさは気のせいではなかった。
「歩ける?なんか足取りが頼りない気がするんだけど。どこかに入って休もうか?」
「ううん。大丈夫。ごめんね」
「いいよ、別に。今日の映画、面白かった?」
「面白かった。ウソじゃないよ?翼が隣にいてくれたから映画館で見れた感じだし。1人じゃ興味を持ったかどうかも怪しいもん。だから、ありがと」
「…まさかお礼を言われるとは思わなかったんだけど。って変わってるよね。なんかどこか変」
「変とか言わないのー」
キュッと握られた力強さにいつものが戻ったのを感じた。笑顔が増えてきた。どんなでもすきでいられる自信はあるが、時々見せる弱い一面も守ってやりたい気持ちが疼いてくるし、何よりオレの前でしか見せない表情に一々ドキドキしてしまうオレがいる。そんなことが知られればカッコ悪いから余裕があるように見せるけどソレが大変なときだってあるのだ。
「さー、翼の家に帰ろー」
手をほどき先に歩き出そうとしたの指をオレは再び絡めた。小首を傾げて振り向いたに笑いかけると、想像通りに笑顔が返ってきた。
「翼のお母さんのお手伝いしなきゃね」
「いいよ、しなくて。あんまり喜ばすようなことしなくていいし。母さんにを奪われそうだよ、このままいけば。ライバルが実の母親ってありえないでしょ。カッコ悪すぎる」
「でも、これからのこと考えたら翼のお母さんと仲良しさんっていうのは良いことなんだけどなぁ」
「翼のっていう言葉もいらなくなるわけだしね」
「うんッ。そうだよねー」
ソノ嬉しそうな笑顔に少しの嫉妬心を燃やしつつも、顔には出さないようになんとか堪えたオレは偉いと思う。
今日は少し早い帰宅だけれど、たまにはソレもありだろう。オレ的にはあんまり早くに帰ると母さんに本当にを取られるんじゃないかと思うくらいを離してくれないから、ムッとしてしまう。だから、なるべく2人で外にいたいのだ。
こんなことはに言うつもりは全くない。結局はが嬉しいと感じることがオレも嬉しいから。
ノーマークだった新たな可能性
(を中心にオレは回ってるってことだよね)
090824 家長碧華
タイトル提供:as far as I know