予餞会から数日後の朝。いつものようにと一緒に登校して、くつ箱を開けて上靴に履き替える。視界に入っていたの動きが止まっていて、不思議に思ったときだった。



「圭介…お手紙入ってる」
「はぁ!?」
「しかも、に、2通も、入ってる…!」
「うわ、マジだ」



のくつ箱を覗き込めば確かに2通の手紙が入っている。上靴を挟むように左右に1通ずつ入れられている。後から入れたヤツはどんな気持ちだったんだろうなぁ…と考えると、ソイツを褒めてやりたくなる。よく捨てて自分のだけ入れとくって考えに至らなかったな!と。でも、内容は別だ。もし、がすきです。付き合って下さい。みたいな内容だったらオレは許さねえ!オレがいるっていうのにそんなことを言うヤツは手紙じゃなくて面と向かってオレに言え。まず、オレに言え。そこでお断りだ。には会わさせもしねぇよ。

ちょっとムッとしながら、ソノ手紙を取ろうとしないの代わりにオレが取ってやる。ついでに上靴も床に置いてやり、脱ぎっぱなしだった小さなローファーをしまう。「ん」と2通の手紙を差し出すと「あ、ありがと」とどもりながらゆっくりと受け取った。本当はこの場で内容なんか読まずに破ってやりたい。でも、ソレは…男だろうと緊張したであろう行為を踏みにじることになる。多分、そんなことをしたらに怒られるだろう。オレがそういう手紙をもらったときに「ちゃんと行っておいで」と背中を押すのだ。嫉妬はしてくれないのか…と思ったりもしたが「返事は丁寧なお断りで行くんだよ。ぶっきらぼうじゃダメなんだから。あ、泣かせないようにねッ!」とオレ以上に断ることしか考えていないが可笑しくて、ソレもらしいと思えた。

オレはの様には振る舞えない。嫉妬心をむき出しにしないように口を真一文字に堅く結んでいる今の自分の表情が簡単に想像できてしまう。置いていたエナメルバッグを肩に掛け、両手をポケットに突っ込んだ。



「あ、圭介とー!おはー!」
「おはよう。何してんの?なんで2人共らしくない顔してんだよ?圭介、に何かしたのかよ」
「何もしてねぇよッ!」
「で?本当は?」
「私のくつ箱にお手紙、入ってたの」



から視線を下げて、持っている手紙を見つめ、そしてオレに移し、また手紙に戻った。が「予餞会のあんな格好のを全校生徒の前に出した圭介が悪い」とオレの肩を叩きながら哀れむような声でそう言った。いや、オレはッ!ステージで踊ってみたいっていうの希望を潰したくはなかったし、オレも見たかったしッ!それに当日の衣装まで把握してるわけじゃないだろ。だって、どんなダンスなのかもわかってなかったのに衣装なんかわかるかッ!…なんだよ、オレが悪いのか!?ごめんね、ごめんねーなんて言わねぇぞ!?



「いや、でも、まだそんなお手紙かどうかわかんないし!内容読んでないんだからさ。圭介のことがすきな子たちからのイジメかもしれないよー…」
「ソレはない。だって圭介が裏でいろいろとやってたし。アレ以来イジメられたことないだろ?」
「ないけど…。なに、圭介裏でなにかやってるの?」
「やってない。、余計なこと言うなよ」
「まぁ、そういうことだ」



言うだけ言ってはさっさと歩いて行ってしまった。今まで珍しく黙っていたを追いかけて行く。

手紙をカバンにしまい2人の後ろについて行くをオレは数歩後ろから見つめていた。付き合い始めた頃はオレの知らないところで嫌がらせがあったらしい。はオレに迷惑を掛けないようににもにもオレにすら何も言わず1人で耐えていたけど、(ときには反発もしたらしいが)どんどん悪質になってきて追い詰められて我慢しきれなくなりオレに打ち明けてくれた。「圭介がすきなだけなのに…ッ。圭介をすきになって、なんで他の人にいじわるされるの?圭介をすきになっちゃ、いけないの…ッ?」そう泣きながら紡いだ言葉が苦しくて、がこんな状態になるまで、いや、から打ち明けてくれるまで気付いてやれなかった自分に腹が立った。

(頼りにされてねぇ証拠だろ。泣かせてんじゃねぇよ、オレッ!)

もちろん、に嫌がらせをしたヤツらには怒りを超えたモノを覚えたけれど、が優しいおかげで「仕返しとかそんなこと考えないで」と止められたから「オレには何してもいいけどに手を出すなら許さない」と一睨みしただけでソレ以上は何もしなかった。がソレでいいと言ったから抑えたんだ。それだけだ。だから、が言った[いろいろ]なんてやってない。



「圭介?なんで圭介がそんな怒ったような顔してるの?怒ってる?」
「別に怒ってないよ。ちょっと、前のこと思い出してなんかムカついてきただけ」
「ソレを怒ってるっていうの。あ、わかったでしょ?私がいつも経験してる気持ち」
「…オレ、そんなに告白されてないんですけど」
「なに言ってんの。1カ月で何人の女の子から呼び出されてるんですか、圭介くん」



おどけて笑ってみせて学ランの袖を握り「早く教室行こー」とオレを引っ張るにされるがままの状態で歩みを進める。少し手を捩ればの小さな手を握りしめることもできる。手を繋いで歩いていれば変な虫は寄らなくなるだろうか。そうしたい気持ちに駆られながらも、オレの袖をキュッと握っているがどうしようもなく愛しいと感じていたら、いつの間にか教室に着いてしまった。先に行っていたは既に席に座っていてオレたちの姿を見つけるとが早く来いというジェスチャーをする。と顔を見合わせて首を傾げ、とりあえず2人の元へ向かった。といっても、オレら4人の席は固まっているから、2人の元へ向かうじゃなくて自分の席に向かう、も正しい表現だ。



「なぁ、。開けてみろよ、さっきの手紙」
「なんでがそんなに気にするんだよ」
「だって誰がのことすきなのか気になるだろ?圭介だって気になってるくせに。正直、気になって仕方ないだろ?だから、かっこつけてる圭介に代わって聞いてやってんじゃん」
「…別にかっこつけてるわけじゃねぇよ」



に急かされてカバンから2枚の手紙を取り出し「だから、ラブレターだなんて決めつけるのは早いよ、2人共」と、のんきなことを言いながら、まずは封がされていなかった方を開けて丁寧に折りたたまれた手紙を広げた。の黒い瞳が左から右へと文字を追って流れて行く。隣の席に座っているオレは覗こうと思えば覗ける位置にいるけれど覗かないでいた。



「放課後、グラウンドのゴール裏で待ってるって…」
「ゴール裏!?てことはサッカー部のヤツか!?」
「ううん。隣のクラスの、藤田くん」
「あいつか…。あいつもオレと同じく部活じゃなくてクラブチームでサッカーやってんだよ。この前あいつんとこのチームと練習試合やったけど、レギュラーじゃなかったっぽいな。出場時間も少なかったな。オレ気付かなくてさ、藤田がいることに。でも、ゴール裏で告白…?」
「じゃぁ、オレ今日ゴール裏でミーティングやるかな」
「ナイス、サッカー部キャプテン!一般の生徒はゴール裏は使えないようにしてやって下さい。同じサッカーをやっている者が自分の彼女を奪いに掛かろうとしているのを知って、ジュビロの天才MF山口くんのかっこいい顔が悪い顔になってます!」
「ねぇ、なんでみんなそんなして…?」



ジッとオレたち男3人を1人ずつ見つめて問いかけてくる。真っ先に口を開いたのはだった。が言い終わるのとほぼ同時にも似たような言葉を言い、ソノ言葉にオレはビックリして顔をから2人に向けた。



は圭介と付き合ってっから」
は圭介の彼女だから」



も同じくビックリした表情を見せたけれどすぐに照れたような笑みを浮かべた。そして、必然的に3人の視線がオレに集まる。



「…言わなきゃダメなのかよ」
「ダメだ、言えッ!が待ってんのはオレたちの言葉じゃなくて圭介の言葉なんだよ。オレ良いこと言うなー。なー
「珍しく良いこと言ったな」
「珍しく!?うっせ!」



を慣れた様子で軽くあしらったあと、やっぱりもオレの言葉を待っているように目が合った。そんなの目を見ていられなくてオレの方から逸らしてしまう。でも、イチバン見れないのはの目だろう。3人と合わせないように焦点をずらしてみる。なんの意味もなさないことだとわかっていても、そうせずにはいられなかった。



だけに言うからいいんだよ。なんでお前らに聞かれなきゃならないんだッ!」
「ちゃんとに言ってやんねぇとが可哀想だ。それと普通に聞きてぇからだろ」
「圭介は2人が思ってる以上にちゃんと言葉にしてくれてるから大丈夫だよー」
「え、マジで!?圭介、言うこと言ってあげてんのかよ!?」
「…自分の気持ちをそのまま言って悪いのかよ」
「いや、圭介ってクールに見えてクールじゃねぇけどさ、あんまり言わないのかと思ってた。へぇ、すきだぜとか言ってんだ」



の顔が驚きの顔から人をおちょくることを悦びと感じる意地悪な顔へと変化していった。こうなったときのは正直やっかいでしかない。途中で諦めるということを知らない幼い子供のように自分が満足するまで貫き通す。ソレをもっと違うところで活かせよ…。やればできんだよ。やらないだけなんだろ…と何度思ったことか。



「なぁ、。圭介に言われてイチバン嬉しかった言葉って何?今後の参考に是非!」
「なッ!何聞いてんだよ、ッ!普通、そういうのはオレがいないところで聞くもんだろ!?」
「普通じゃなければ圭介がいてもいいってことだろー。じゃ、コレは異常。異常です。普通って誰が決めたんですかー。てか、圭介がいないところでとコソコソ喋ってたら圭介がなんか恐いから、やだ」



あぁ言えば、こう言う!本当に子供のようなヤツだ!

いつの間にか、はなしがラブレターからオレがに言った名言集へと変わっている。ちょっと待て。名言集ってなんだ!?そんなにドラマのような、マンガのような言葉なんて言ってやってないからな!?ただ普通にオレが思ったことしかには言ってねぇぞ?



「告白の言葉は?」
「オレと付き合ってみる?だったかな。なんか、そんな流れだったから…」
「圭介ならバシッと決めるのかと思ってたけどなー。流れでのこと持って行ったのかよー!」



あぁ!が結構ノリノリでしゃべりだしてしまっている。なんで女子は恋愛のはなしがすきなんだ。ソノはなしで盛り上がってる相手が男子のってどういうことなんだ。

もうオレは関係ない。2枚目のラブレターも…なんとかなる。とにかく、2人の会話を聞かないようにしよう。周りの教室のザワザワでも聞いてればいいんだろ!?そんなオレに気付いたのか、が軽く笑っている。笑われたら余計切なくなってきた。



「えッ、圭介そんな言葉を!?かっけぇーッ!」



今日は学校が終わった後、練習があるのに朝から体力、いや、気力を使い果たしてしまった気がする。

いつもならドアを勢いよく開けて、うるさいくらいの大声で「席に着けー」と入ってくる担任がこんな日に限ってなかなか来ない。来てほしくないときは早く来て、早く来いよってときにはなかなか来ない。

嫌いな英語でも数学でも真面目に受けるから、担任よ、早く来てこいつを黙らせてくれ。





贈られたことばは残らずコレクションしてる
 (圭介はかっこいいから何言ってもかっこんだよな)(そんなわけあるか)(かっこよくてサッカー巧いってどういうことだよ)





090901 家長碧華(#6*ゆばさんへお返し)
 タイトル提供:as far as I know