「あ、青城のお姫様じゃね?」
「本当だ。あんな可愛いマネジで青城羨ましい」
試合会場で聞こえてきた『青城のお姫様』という言葉。
何だそれと思い、耳を澄ませて聞いてみるとそれはマネージャーのさんだと分かった。
まぁ、うちに女の人はさんしかいないから、そうだろうとは思っていたが、なぜお姫様と呼ばれるようになったのか気になった。
外見は可愛い方に入るだろうけど、それだけでお姫様と呼ばれるのは違う気がした。
その日はさんを少しだけ観察してみることにした。
いつも通り、てきぱき動くし、段取りだって良い。お姫様というよりお母さんの方がしっくりくると思う。
見れば、見る程、お姫様感がなく、よく分からない。
「トーナメント表見てくるね」
「俺も行く」
「俺もついて行くー」
これもいつも通りだ。さんが何処かへ行くときは岩泉さんと及川さんが大体ついて行く。
最初は過保護だと思っていたけど、慣れればもう何とも思わない。
・・・最初は過保護・・・。もしかして、これか?
主将と副主将にガードされてるマネジ、だからお姫様?
もしかしたら、何か面白い物が見れるかもしれないと思い、こっそりついて行くことにした。
「国見?トイレか?」
「いや、すぐ戻るから」
不思議そうに首を傾げた金田一だが、「わかった」と一つ返事をして先輩達の輪に混ざった。
3人はどんどん進んでいて、あっという間に見えなくなってしまった。
まぁ、行き先は分かっているから、急ぐ必要はないだろう。
「今日も護衛付いてたな、お姫様」
「及川と岩泉が護衛とか、声掛けられねぇし」
トーナメント表が置いてある入口付近へ向かって歩いているとき、すれ違った他校の奴が喋っていたのが聞こえた。
やっぱりそういう意味だったんだ。
それもそうだ。マネジが主将と副主将と3人で行動している学校なんて見たことがない。
俺たちは慣れすぎて誰も何も思っていないだけで、うちくらいなものなのだ。
青葉城西。ちょうど城っていう字も入っているし、姫と呼ぶのも何だか納得だ。
トーナメント表が見えてきた。3人はトーナメント表の真ん中で指を指しながら何かを喋っている。
さんはプログラムに線を書き込んでいるようだ。
少し遠い、3人には見つからないような場所で立ち止まると再び他校の人がうちの噂をしているのが聞こえてきた。
「俺、噂で聞いたんだけど、お姫様って岩泉の彼女らしいじゃん。で、ナンパされてるの見付けてから護衛になったんだって」
「えー、俺及川と付き合ってんのかと思ったー。じゃ、及川はなんで護衛してんの?」
「及川もお姫様のこと好きなんじゃねぇの?」
「マジ?部内でドロドロしてんの?」
いや、まったくドロドロなんてしていない。さんが岩泉さんの彼女なのは正解だ。及川さんがさんの事が好きなのは多分、正解だ。
だが、3人は俺たちが疑う位仲が良いのだ。まぁ、2人の及川さんをいなす感じはコントにしか見えないが。
他校の人が期待するような、昼ドラのような展開は微塵もない。
及川さんの態度から見て、さんが好きなのは分かるが、きっと岩泉さんの事も大切に思っているから今の3人は均衡が取れているのだろう。
もう、いいや。あんまり面白くなかった。
「国見、おかえり」
「ねぇ、金田一。青城のお姫様って知ってる?」
「うちのお姫様?さん?」
「うん。当たり」
戻って、金田一に聞いてみても、やっぱりそう呼ばれている理由までは分からなかった。俺たちから見たら、普通の事だからだ。
腕を組んで、お姫様の理由を考えていた金田一が目線を上げ「あ」と呟いた。
その目線の先を辿ると、さん達3人が戻ってくるところだった。
「ん?どうしたの、金田一くん」
金田一が言う前にさんを呼んでそれを遮った。さんが金田一から俺に視線を移す。
後ろにいた及川さんと岩泉さんも俺を見ていた。
「青城のお姫様って噂聞いたことありますか?」
「うちのお姫様?聞いたことないよ」
「俺知ってる、その噂!」
やっぱり、及川さんは知っていたんだ。まぁ、及川さんが知らないとは思ってなかったけど。
岩泉さんとさんは「誰?」と詰め寄っていた。
「ちゃんだよ?」
「え?私?」
「だろうな。つーか、その噂ってなんだよ?」
及川さんが今日、俺が突き止めた真実を2人に教えると、さんは「恥ずかしい」と持っていたプログラムを抱きしめた。
「これからは私一人で行動することにする!」
「はぁ?何言ってんだ。前みたいに知らない奴らに声掛けられるぞ」
「あれはたまたまだって」
きっと、今さんが護衛なしで一人で歩くようになったら他校の生徒がチャンスだと声を掛けてくるに違いない。
岩泉さんや及川さんのように好意があるわけではないが、さんは良い人だ。どちらかといえば、好きだ。
自分のところのマネージャーがそんな風に狙われるっていうのは何だか気分が良いものではない。
「岩泉さん」
「ん?どした、国見」
「もし、護衛が足りなかったら俺も呼んで下さい」
岩泉さんが少し驚いた表情をしたが、すぐに笑って俺の肩に手を乗せてお礼を告げた。
及川さんのニヤニヤした視線は視界に入れないようにした。
世界はあなたで回ってる
151031 家長碧華
タイトル提供:てぃんがぁら