珍しくちゃんがいない、学校からの帰り道。
今日は全先生での会議があるらしく部活は全て休みで、 ちゃんは友達と遊びに行くと登校時に嬉しそうに教えてくれた。
だから、今隣にいるのは岩ちゃんだけだ。
男二人で帰るなんて、ちゃんがいるのに慣れてしまうととても空しくなってくる。

分かれ道が見えてきたときに、ふいに岩ちゃんが俺の名前を呼んだ。
なーにー?と隣を見れば、俺の方を向きもせずに衝撃の一言が飛び出した。


と付き合うことになった」


たくさんの質問が頭の中に浮かび上がって、俺はその場に立ち止まってしまったが、 相変わらず岩ちゃんは俺の方に顔を向ける事もせず、どんどん歩いて行ってしまう。

走って岩ちゃんを追い越し、目の前に立つとやっと歩みを止めてくれた。
その時の表情は絶対忘れることはないだろう。
岩ちゃんもこんな恥ずかしそうな顔をするんだな、と思った。


「やっとくっついたんだね」


そう言うと恥ずかしそうな顔から今度は不思議そうな顔へ変わっていった。
今日の岩ちゃんは表情豊かで珍しい。


「俺、ちゃんがずーっと岩ちゃんが好きなの知ってた。 相談されてたっていうか、ただちゃんの話を聞いてただけだけど」
「マジか。全然知らなかった」


そして、岩ちゃんがちゃんのことが好きなのもなんとなくわかっていた。
はっきりと口に出して言われた訳ではないが、長年一緒にいる幼馴染だ。

元々女の子に優しいというか男らしいというか、かっこいい所が多かったけれど、 ちゃんに対するソレは明らかに他の女の子たちに対するものとは違っていて、 岩ちゃん本人が「好き」という感情にちゃんと気付いているのか不安なこともあったから、 俺はちゃんの話し相手になっていたのだ。


「まさか、岩ちゃんから報告を受けるとは思ってもみなかったな。絶対、ちゃんから言ってくれると思ってた」
が及川に言うって言うから、俺から言っとくわってなっただけだ」
「岩ちゃんから告白したの?」
「んー・・・、まぁ」
「いつから、ちゃんのこと好きだったのさ」
「知らん。気付いたら」


やっぱり、ずっと気付いていなかったんじゃないか。
いつもだったら、拳の一つや二つが飛んで来そうな質問にも答えてくれる。
嬉しいんだろうな、と思うとこっちも嬉しくなってきた。

俺としても岩ちゃんもちゃんも幼い頃からの大切な友達だ。
言ってしまえば、きっと、岩ちゃんより先にちゃんを好きになったのは俺に違いない!

あー、俺の失恋が決定的になったなー、と感じた瞬間、急に目の前が真っ暗になった。
遠くで誰かが俺の名前を呼んでいる。ちゃん?返事をしようとした瞬間、目が覚めた。

目が覚めたのだ。


「やっと起きたよー。もう学校着いたよ?今日の練習試合、そんなに疲れた?大丈夫?」


ちゃんが心配そうな顔をして隣の席に座っていた。
ゆっくりと周りを見渡すと、バスに乗っているのは俺とちゃんだけで、 今日は練習試合でバスを貸し切って、他校まで行っていたんだと記憶がはっきりしてきた。
大丈夫、と告げると小さく笑みを浮かべて「良かった」と言った。


「ごめん。懐かしい夢見てた」
「バスの中で夢見る程ぐっすり寝れるなんて、凄いね」
「中学生の時、岩ちゃんからちゃんと付き合うことになったって報告を受けた日の夢見てた」
「何か凄く恥ずかしいんですけど」
「初々しくて、可愛い岩ちゃんでしたけど」


窓から見えた岩ちゃんは俺の代わりに部員に指示をしてバスから荷物を運んでいる最中だ。
なんであの日の夢を見たんだろうか。


「岩ちゃんは相変わらず、かっこいいね」
「どしたの、徹?一はずっと、かっこいいよ」


二人で顔を見合わせ、少しの間のあと笑い合う。
そろそろ降りないと岩ちゃんに殴られそうだ。


「はー、岩ちゃんに初めて負けた。それも完敗」


不思議そうな顔をしているちゃんの頭を優しく叩き、バスを降りる。
あの日から諦めた訳ではないけれど、ちゃん以上に惹かれる子が現れることなどなく、どんどん月日が流れた。
ふとしたときに、やっぱり、好きだな、と思ったとしても、不思議と苦しい恋ではなかった。
もし、相手が岩ちゃんではなく別の男子だったら、こんな穏やかに日常を過ごせていないと思う。

ちゃんより好きになる子なんて現れるのかな?と考えると笑えてしまった。


「何笑ってんだ、及川」


自分のエナメルバッグと俺のエナメルバッグを両肩に乗せた岩ちゃんが近付いてきた。
「ちゃんと昨日、寝なかったのか」と怖い顔で迫ってきても、何の怖さも感じなかった。
岩ちゃんはなんだかんだ言いつつ、俺にも優しい。岩泉一とは、こういう男だ。

振り返って、ちゃんがバスの中の忘れ物がないか最終チェックをしているのを確認する。


ちゃんが欲しいなーと思ってさ」
「まだ寝ぼけてんのか。誰がお前にやるか。誰にもやらん」
「だよねー。知ってる」


岩ちゃんの眉毛がつり上がり、俺のエナメルバッグが投げ付けられる。結構痛い。
チェックを終えたらしいちゃんの笑い声が後ろから聞こえる。

完敗だけど、まだ諦められそうにないから、岩ちゃんに敗北宣言するのはまだやめておこう。





ずるい眩しさ





2017.3.27 家長碧華
タイトル提供:てぃんがぁら