ロスタイム、残り数秒



日本代表はグループBの首位に立っていた。2位のクロアチアとの勝ち点差は僅か1。 引き分けでも順位が入れ替わる(得失点差も僅か1しかないから)今、戦っている試合は大事な試合だ。

クロアチアの途中結果が入ってきた。1-0でリードしている。これで日本は勝つしかなくなった。


後半30分を過ぎた。スコアはまだ0-0。このまま行けば決勝トーナメントへは行けない・・・というマイナスな思考は頭から弾き飛ばした。 攻撃陣に頼むしかない。ゴールの遠さと時間の経過する早さが選手ではない私を焦らせる。


後半35分。私は衝撃を受けた。日本が自陣でボールをインターセプトされるとそのままドリブルで切り崩され、ゴールを許してしまった。 スコアが変わる。大きく1とつく。「顔を上げろ!」とテレビに映った渋沢の口の形でわかった。 藤代は既にボールをセンターサークルにセットし、水野とジェスチャーを交えながら言葉を交わしている。


主審のホイッスルが鳴ったのが後半37分。リスタートしたボールを一度水野へ戻す。 今日は右サイドに起用されている郭が広いスペースにいる。郭にマークについているのは前半でイエローカードをもらった3番の選手だ。 水野からその郭へボールが渡った。ゴール前には相手選手が6人。 その中にジャパンブルーのユニフォームが2人。水野と若菜がペナルティエリア外でこぼれ球を狙っている。

郭が3番をフェイントで抜き去り、センタリングをあげる。しかし相手DFがクリア。 セカンドボールを若菜が拾い、真田にあて、ワンタッチで若菜にボールを戻し、体でシュートコースをあける。
握りしめていた両手が痛いと感じた。

真田が開けたシュートコース。若菜が打ったシュートはGKが弾き返すのがやっとで、こぼれたボールを藤代が右足で振りぬいた。 強烈なシュートがゴールネットに突き刺さる。真田がボールを抱えてセンターサークルへ走る。 引き分けでは許されないと知っているようだ。

残り時間5分とロスタイム


相手は疲れの見えていたFWを下げ、若いドリブルが得意なFWを入れてきた。 嫌な時間帯に、嫌なタイプを入れてきたのだ。 TVに映し出されている時計は45分を回っていた。第4の審判が出てくる。 3という数字が浮かんでいる。ロスタイムは3分だ。

ここで再びクロアチアの試合結果が入ってきた。1-1だ。引き分けている。 クロアチアが追いつかれていた。日本ベンチもわかっているようだった。 サブのメンバーの上原と桜庭が両手で人差し指を立て、ピッチで戦っている仲間になにか叫んでいる。 だからといって、このチームは守りには入らないだろう。そんなチームではない、昔から。


ロスタイムが2分半ほど経過した。主審が鋭くホイッスルを吹く。 日本のFKだ。ゴールから大体30M。左足の水野と右足の郭。郭が直接狙っても良い位置だ。

“入って、入って、入って、入って!”私の手のひらは汗がにじんでいる。 どちらかの足が振りぬかれ、放物線を描き、センタリング上がるものだと思っていた。

水野が少しの助走を走りボールを蹴る。壁がジャンプする。 ボールは壁の上を越してはいない。普通の横へのパスだ。 ぽっかり開いたそのスペースへ椎名が走りこみながらダイレクトでシュートを放った。

ボールが人ごみに消えて見えなくなる。ゴール前はごった返している。 ゴール前にいた3人、藤代と真田、それに若菜の両手が同時に上がった。 全員が椎名の方へ駆け寄っていく。椎名は笑顔でサポーターにガッツポーズしている。


主審がホイッスルを三度高く吹き鳴らす。試合終了の合図が鳴った。 日本の1位が確定し決勝トーナメント進出を果たした。 サブのメンバーもピッチへ走り、まるで優勝したように笑顔で抱き合ったり、ハイタッチをしたり、じゃれ合っている。 そんな姿を見て、試合の緊張感が一気に緩む。時計を見れば深夜の3時をさしている。

まだまだ眠くはないのだけれど、寝ておこう。もしかしたら勝ったよ、観てたか?と電話が来るかもしれない。 そしたら思い切り怒ってやろう。心臓に悪いよ!と。




070814 家長碧華