「もしもし、ちゃん?連絡網だけど、今日野球部が勝ったから明日全校応援です。 11時に新田市営グラウンドの入り口集合!次の人に回してな」



こころちゃんから連絡網が回って来たのは夜の9時ごろだった。多分、初めて回ってきた連絡網。 明日は全校応援か。決勝なのかな?勝ったのなら巧も連絡くれればいいのに。 きっと野球部は今日勝ったら、明日は全校応援だということを知っていただろう。

明日の授業はない!むしろ、授業は巧の応援だ!と思うと、嬉しくなって眠気が吹っ飛んでしまった。 11時に入り口だから、いつもより寝坊ができる。となると、眠気はまったく襲っては来ない。



「あ!次の人に回さなきゃ!忘れてた、忘れてた」




全校応援当日、私は遅く寝たわりに早起きをした。起きてすぐ顔を洗い、歯を磨き制服に着替え、家を飛び出した。 向かう先は向かいの原田家。巧に一言言っておきたいことがあった。 本当は昨日次の人に連絡網を回した後、電話しようかと思ったけれどやめておいた。直接言った方がいいと思ったから。



「おはようございまーす」



鍵が開いてるのにちょっとびっくりしたが、巧がランニングに行っているのかもしれない。 パタパタとおばさんが玄関にやってきた。朝食作りの最中だったらしい、フライパンの蓋を持ったままだ。


「あら、ちゃん、おはよう。もう準備できてるの?」
「あー…ご飯はまだ食べてないです」
「じゃ、うちで食べてって。今、目玉焼き作ろうと思ってたところよ。丁度良かったわ」



そう言っておばさんはまたパタパタとスリッパを鳴らして、キッチンへ戻っていった。 (わーい、おばさんの朝ごはんだー♪)当初の用事を少しの間だけ忘れてしまった。(そうだよ、巧に会いに来たんだよ)



「あ、巧おはよ」
「おはよ。どしたんだよ、朝から。全校応援だぞ、今日は?」
「全校応援だからだよ。堂々と巧を応援できるんだよ。今までは、学校休んで応援に行くわけにも行かなかったし。
でも今日は学校が認めてくれたんだよ!いやー校長わかってるねー」
「…お前、ずいぶんテンション高いな」
「人間嬉しいとテンション上がるの」



おばさんの美味しい朝ごはんを食べ、空腹を満たし、巧が家を出る時間となった。 選手は一般生徒より1時間早い10時にグラウンド集合らしい。



「あ、巧!」
「何?」
「かっこいいとこ見せてね!」
「…了解」




集合の11時の10分前に、私は集合場所についた。同じ制服の人がごっちゃりといる。 みんなテンションが高いようで、そこだけ大いに賑わっていた。



ー!こっち!」
「あ、!」



賑わっている場所から少し離れたところにがいた。良かった、何処にいるかと思った。と小走りで駆け寄っていく。



「もうスタンドに入れるみたいなんよ。早く入って良い席取らないと!旦那が活躍するとこ間近でみておきな!」
「私に旦那はまだいませーん」





クラスごとに指定された席の最前列に私たちは座った。3塁側アルプスと呼ばれる私たちがいるところには、横断幕が掲げられていた。 テレビで見た甲子園の風景と似ている。テレビの前でしか味わえなかった興奮感を、球場で味わえている。

席が最前列じゃないことが不服(私たちのクラスの席は中段。前には隣のクラスが座っている)だけれど、仕方ない。 ここからでも、マウンドははっきり観える位置だから。


サイレンが轟く。互いに礼をして、守備側が各ポジションに散る。ウグイス嬢の声でピッチャーから選手紹介が行われる。 「1番、ピッチャー、原田くん。2番、キャッチャー、永倉くん…」

きっと、殆どの人が巧の試合を観るのは初めてだ。学校中では、「原田くんはかっこよくて凄い投手」みたいな感じで、かっこいいことで有名だった。 更に、野球が巧い。プラスアルファ的なものだった、野球は。


次々と三振を取っていく、巧のピッチング。豪ちゃんのミットに納まる瞬間の音。 内野が巧に掛ける声。外野同士の各バッターに対しての守備の位置の修正の声。 サッカーにはない、野球だけでしか感じることのできないこの雰囲気がすきだ。


試合は、完封勝利で終った。ノーヒットノーランの完全試合ではなかったけれど、決勝戦で完封勝利。 朝にした、約束を巧は果たしてくれた。ミットにだけ集中するあの眼、勝ったときの嬉しそうな笑顔だけでも、私は嬉しい気分になる。


ぞろぞろと出口へ向かう最中に少し前から、未だ興奮気味の女の子の声が聞えてきた。


「原田くん、すっごいかっこいい!」
「なんか原田くんが、あそこまで凄い投手だって思ってなかった。どうしよう、凄いよー!」
「同じ学校にいるのがびっくりだよーっ!」


グラウンドを後にしても、その類の会話が周りから聞えてくる。 同じ学校の女の子だけじゃない、知らない制服の女の子(多分対戦校の女の子だと思う)も同じような事を言っていた。 巧の凄さが着実に広まりつつあることを嬉しく思うのと、巧がアイドルのようになってしまったような気がして少し嫌になった。




「こんにちはー」



着替えて、本日二度目の原田家へ行った。巧が既に戻ってきていた。優勝の後のなんちゃらはないのだろうか。



「明日全校集会だって。そこでみんな知ってんのに発表するらしい」
「ねー巧。明日きっと学校大変だよ」
「なんで?全校集会で?」
「うーん、全校集会も凄そうだけど、日常が大変だよ。女の子がキャーキャー」
「…ふーん。、妬いてんだ?」
「かっこよかったから、周りの女の子にかっこよくない!なんて言えないし、ましてや、言いたくないし・・・!」
「だから、妬いてんだろ?」



冷静な表情で麦茶を飲んでいる巧に何も反論することが出来なかった自分がとても悔しかった。





みんなが君に恋してる
(だって・・・すきだもん・・・っ!!)





071006 家長碧華
 タイトル提供:MISCHEVOUS