だから君に恋をする
初めて誠二の悪口を聞いた。三上先輩がいつも言ってるアレは悪口の部類には入れていない(誠二は時々、本気で傷ついてるらしいけど)
ソレを聞いたのは部活へ行こうとサッカー場に向かう途中の廊下だった。
確か、どこかのサッカーのクラブチームに所属してる隣のクラスの男子だ。
武蔵森にいるのに部活ではなく、わざわざクラブチームに所属している変な人、と私は認識している。
今は、ナルと呼ぼう(第一印象がナルシストっぽい。だから)
「藤代、あいつウザくね?サッカー巧いからって調子にのってる」
「そうか?藤代サッカーホントに巧いし、やっぱ顔なんじゃねーの?」
おー誠二は男の人から見てもかっこいいのか。
いや、そんなことより。誠二を悪く言うのはナルだけ。悪口っていうか妬み。
武蔵森サッカー部でレギュラー取れないからってクラブチームに逃げる奴にそんなこと言われたくない。
教室で隠れて聞いていたけれど、段々イライラしてきて二人の目の前に飛び出した。
ビックリしてただ私を見ている(私に聞かれてるとは思わないもんね)
「お前…藤代の、」
「ねぇ、ねぇ。も一回聞かせてよ。誠二がなんだって?」
ナルにだけ、目を向ける。お友達は何も言ってない。
むしろ、誠二はかっこいい宣言をしてくれた。後でお礼でも言っておこうか。
「だから、調子にのってるって言ったんだよ」
「どこが?」
「どこが?あいつの全てがだよ」
「だって、そういう性格だもん」
ナルが何か言おうと口を開くが、言葉が見つからないらしい。再び口を閉ざした。その沈黙を破ったのは遥か後方からの声。
「ーっ!!ドリンク飲みたいんだけどーっ!!」
上靴を履かずにソックスのまま今までウロウロしていたのだろうか。走って近づいてくる。
「ん?何やってんの?、誰この人?」
「いや…」
「誠二はサッカー巧いねーって言ってくれてたよ。こっちの人が」
ナルじゃない方の良く見るとなかなかかっこいいお友達がビクッと反応した。
ね?と同意を求めると無言で二度頷く。
「マジ?なんか最近誰も褒めてくんないからすっげー嬉しい♪サンキュー」
「お、おぅ」
「、ドンリクー…!!」
「はい、はい。部活行こうか」
二人をその場に残し、部室へ向かう。ボトルと粉末を持って水飲み場へ。
ドリンクを作ってる途中で誠二が珍しく鋭い独り言を呟いた。
「あいつ、俺のこと嫌いだよなー」
「なんで?」
「だってが言ったじゃん。こっちの人が俺がサッカー巧いって言ってたよ。って」
「言ったよ?ホントだもん」
「あいつは言ってないってことだろ。同意もしてないってことだろ」
「あー気付いた。私の裏のメッセージ。上出来じゃん」
出来たドリンクを誠二に渡すと、ゴクゴクと良い音を立てて飲み干した。
あっという間に空になってしまったボトルに再びドリンクを作る。
今度は誠二には渡さず、私が持って部員が練習しているサッカー場へ向かう。
一人ではボトル6本が限界だ(頑張れば8本いけるかもしれないけど)
「あ、俺持つ」
「飲まないでね」
他の部員も喉が渇いてるはずだ。早く届けなければ。
結局誠二が4本持ってくれて、手元にあるのは2本。
一軍の、それもチームのエースストライカーがマネージャーの仕事を率先して手伝ってくれている。
「藤代、連れてきたか。よくやった!」
「三上先輩、水飲めばいいじゃないですか!」
「水道水の不味い水なんか飲めるか」
「じゃ、この4本は二、三軍のやつらにあげてきまーす!」
「あ、おい!バカ代!!」
そういって誠二は本当に二、三軍の選手にボトルを渡しに走っていった。誠二先輩あざーっす!!と元気な声が聞える。
「はい、三上先輩。それ他の人にも回して下さいよ」
「サンキュ。わかってるって」
もう一つのボトルも近くにいた一軍の選手に渡し、一段落つく。
そういえば、誠二は戻ってきたのかと、周りを見回してみても姿はなく、まだ向こうにいるのか。と思って見て見れば、向こうにいる一軍用の練習着がはっきりと見える。
リフティングをやっている。なんでまた、と近づいてみると後輩にリフティングを教えている最中だった。
「真ん中を蹴り上げるんだよ。あ、お前、バタバタしすぎ!!」
プライドの高い先輩方が多い中、こうやって一軍の選手が二、三軍を気に掛けるのは極僅かなわけで。
誠二は誰とでも、隔たりなく接して、なんでも楽しそうにしてるのが、もう普通で。
でも、なんにも知らないような顔して実は冷静に客観視できる誠二が、時々憎い。
「誠二、練習はー?」
「え?まだ休憩中ー♪」
070621 家長碧華