「ち、ちちち千代っ!く、くくく、クモ・・・っ!」
「く、クモ!?ど、どこ!?」
「みんなのバットのとこ!!」
金属バットが積み重なっている山を震えながら指をさす。
篠岡もクモは嫌で確認しようとはしないが退治はしたいらしい。
「ど、どうしよう!!ティッシュもってくるね!!」
「・・・え!・・・た、隆也っ!隆也あーっ!!」
篠岡がティッシュを取りに行くと、その場に残ったのはだけになる。
充分クモがいる場所から離れてはいるのだが、一人が恐くて口から出てきたのは、数メートル先にいる人物の名だった。
「おい、阿部。が泣きそうな顔して呼んでンぞ?」
「はあ?泣きそうな顔?」
アップ中だった隆也がの座っていたベンチを見る。
が、そこにはの姿はなく、ベンチから10メートルほど離れた場所に居た。
田島が言った通り、確かに泣きそうな顔で「隆也ーっ!はやくー!!」と叫んでいる。
一体何が・・・と思い小走りでの元へ駆け寄る。篠岡も戻ってきた。手には箱ティッシュを抱えて。
「なんだよ?どした?」
「く、くくく、クモが!でっかい、クモが・・・っ!」
「どこだよ?」
「バットのとこ!!」
なんだ、クモかよ。と少し安心して、隆也は篠岡からティッシュを3枚もらった。
1枚はに渡す。涙、拭け。とぶっきらぼうな言い方でにティッシュを渡し、クモを退治しに行こうとバットの山へ向かった。
見たところ、どこにもいない。どこかへ逃げたんだろうと思ったが、殺さないとはずっとこのままだろう。
大体ここは外だ。家の中、ではない。野球をするためにグラウンドにいる。
外にいるクモを退治しに行くなんて、退治されるクモはたまらないな、とはあと一息つく。
「・・・。そんな抱きつくな。しゃがめないだろ」
「・・・」
「オレが殺すから。だからオレにくっつくな。篠岡ンとこいけ」
隆也はをはがし、篠岡に渡した。「大丈夫だよ」とまるで母親のように篠岡がをあやしている。
バットをずらしてみると、そいつはいた。でっかいとが騒いでいるから、どんだけでかいんだと思ったが予想していたのよりも小さい。
隆也はなんなく退治した。
「ほら、殺したから安心しろ」
「い、一匹いたら他にもいるに、決まってる・・・!」
「いねえって。の考え過ぎ。また出たら呼べ。いつまでも篠岡にくっついてんなよ」
そういって隆也は、まだアップをしている部員のところへ戻っていった。
「ちゃん?もう大丈夫だよ?」
「う、うん・・・」
「恐いなら動き回ってればいいんじゃない?ね?」
「そ、そだねっ。部室から修正しなきゃなんないボール持ってくる」
「うん。お願い」
「なー阿部。どしたんだ?」
「クモが出たって」
「って、クモ嫌いなのか?」
「この世で一番嫌いだな」
「あ、ーっ!部室にもクモ出ンぞーっ!」
「た、田島・・・?」
部室に向かっていたに向けられたメッセージは、野球部全員の耳に届いていた。
その田島の一言での足は完全に止まり、振り返って篠岡をまた泣きそうな顔で見ている。
「・・・田島っ!やめろよ。また泣きそうになってんじゃねえか。あいつ部室に行くつもりだったのかよ」
「オレはに注意してやろうと・・・」
「ち、千代おー・・・!部室行けない・・・」
「た、じまくん・・・のせいだね」
田島に呆れて、苦笑いを浮かべつつ、篠岡はの元へ歩み寄る。
「田島なんて嫌いだー!」と叫び、篠岡に飛びつくように抱きついた。
その叫びは田島の耳にもちゃんと届いていた。
「に、にきらわれた・・・」
「・・・ったく。阿部、ンとこ行ってやれ。って、あれ?阿部は?」
「もうとっくに行ってるよ。ほら、あそこ」
泉が指差した先には、走っている隆也がいる。
「お、おお。はえーな」と花井は苦笑い。野球部員が思っている以上に隆也はに惚れているらしい。
ソレは(に嫌われて、そんなことを考えている場合じゃない)田島以外の野球部員が、今知ったことだ。
「田島の言うことなんて信じるなって。嘘だよ、嘘」
「い、いや!嘘じゃないかもしんないしょ!ぶ、部室、一緒にきて!」
「・・・ったく、しかたねえな。ほら」
篠岡に抱きついていたの手を取り、部室へ向かう。
チャリの鍵を取りに行って〜というのがもう面倒だ。
ゆっくり時間をかけて歩いていったら、の機嫌も直るだろう。と考え、歩いて行くことにした。
隆也を良く知る部員から見れば、その光景はあまりにも珍しいものだった。
こんなに女子(は彼女だ)の言う通りに動く男だったのかと、田島ですら思った。
笑顔のと手をつないで戻ってきた隆也を待っていたのは、ニヤついた顔の部員たちだった。
お願いだからおいていかないで
(・・・監督がいなくてよかったぜ)
071008 家長碧華
てぃんがぁら