「隆也!お弁当一緒に食べてもいい?」



昼休みの時間になり、花井と水谷がオレの席に弁当を持って集まってきた。でも、今日はその二人だけではなくも寄ってきた。いつもは篠岡と二人で弁当を食べている。が、今日は篠岡が体調不良で欠席。 一人で食べるなんて寂しすぎる、とオレのところへ来たらしい。もちろん断る理由なんてあるわけがなく、オレの隣の机を自分の机をくっつける。 普段オレの隣に座る花井はオレの向かいの席に座っていた。その隣に水谷だ。「ありがとう」とお礼を言われ、おうと短く返した。



「この席誰だったかなー。隆也の隣って誰・・・?」
だけど」
「そうだ、そうだ、だ!ならいいや」
「?」
なら隆也を狙ってないから、お隣に座ってても安心だ」



弁当が食べられることが嬉しいのか、オレの隣がだから安心したのかニコニコと笑顔で弁当の包みを広げている。「阿部を狙うー!?」と水谷が一拍置いてからに驚きの目で確かめる。 「そうだよ、知らないの水谷くん」頂きますのポーズで止まったままのも驚きの目で水谷を見ていた。の弁当を見て、思い出した。 今日は母さんが風邪引いて弁当作ってくんなかったから、買いに行かなきゃ食うもんがない。の言葉は気になるが、昼食抜きってのは流石にツライ。 いつでも聞くのはいいかと思い、席を立った。



「オレ、購買行ってくる」
「なんだ阿部。弁当ねえのか?」
「母さん風邪引いたんだよ。金くれた」
「なら、私も行く!」
「なんで?お前はメシ食ってろよ。食べるの遅いんだから」



なおもは購買に行くと言ってきかなかった。どこの子供だお前は・・・。と呆れつつ、んじゃ、行くか。と一緒に行く事になった。財布をカバンから取り出し廊下に出る。弁当の蓋を閉めて、がついてきた。 水谷が「いってらっしゃーい」と手を振ると、が「いってきまーす」と笑顔で手を振った。



「お前財布は?」
「なんにも買わないからいらない」
「じゃ、なんでついてきたんだよ?」
「隆也は狙われてるんだよ?」



あーさっきのことか。なんだよ、オレが狙われてるって。殺されるわけじゃあるまいし。どうせ、他の女子がオレのこと狙ってるってことだろ?と購買への道を進みながら尋ねると、「そうそう」と軽い返事が返って来た。 狙われてるなんて思ったこともないし、むしろ、狙われたくない。好きな奴がいるのにどうして他のやつから狙われなくちゃならないんだ。そんなのめんどくさいだけだろう。



「隆也が一人きりになるチャンスを狙ってる子がいるかもしれないでしょ!」
「いねえよ、そんなの」
「わかんないよ、私狙ってたもん」
「・・・は?」



狙ってた?が?オレが一人になるチャンスを?いやいや、オレは野球部員で、は野球部マネージャーで、そんな素振り見せなかったじゃねえか。 部活が始まりたての頃に「高校野球がだいすきなんだ!」というの印象が強くて、部活中は部員とマネージャーという関係を越すことはなかった。 部活が終った後もはアクションを起こすことはなく、オレから告白したわけだ。付き合ってる今だって、部活となればはマネージャーになり、部員全員に気が配れる本当に良いマネージャーだと思う。 (多少、贔屓目かもしれないけど)



「オレ部活の後、一人でいること結構あっただろ」
「あったよ。でも、三橋くんとか花井くんとかといた!」
「狙ってたんじゃなかったのかよ?」
「・・・私には無理だった!勇気がなかったもん。だから隆也から言ってくれて、初めて神様に感謝したっ」



じゃ、オレはに気持ちを伝えるときそれ程ドキドキしなくてもよかったわけだ。両想いだったんだし。 当時のオレはそんなことを知るわけがなく、片想いだと思っていて(仲が良いとは思っていたけど)初めて公式戦に出るときよりも緊張した。 「うわ、凄い人」のの声で物思いにふけっていた頭が現実に引き戻された。そうだ、オレは昼飯を買いに購買へ来たんだ。予想通り、昼休みが始まったばかりのこの時間は生徒でごった返していた。 ここで待ってろ。と購買の前にある、人だかりが関係ないところにあるベンチに座らせてオレはその人だかりの一番後ろについた。そのうち人が少なくなんだろ、オレの飯残ってろよ。と心の中で祈った。


なにが残ってんだ。と少し行列進んでパンや弁当が並んでいる棚を見ているときに右隣から「阿部くんだ」という声が聞えた。見覚えのある顔だが、名前はわからない。多分隣のクラスのやつだ。 7組と8組の合同授業のときにいた気がする。だが、それだけで名前を呼びかけてもらうような仲ではない。何度か話しかけられた記憶があるが何を話したかも忘れた。 大体こっちは向こうの名前を知らないんだ。話しかけられたくはなかった。



「凄い人いっぱいだねー」
「ああ、そうだな」
「阿部くん、なに買うの?」
「んー・・・カレーパン」
「あ、私もそれ買おうと思ってたんだー」



あー・・・なんだ?こいつか?の言ってた「オレを狙ってるやつ」は。はっきり言って、以外に興味はなくそういう存在はただ鬱陶しいだけだった。 こいつを撒く方法を考える。しつこい女だったら、こんな手じゃ・・・と裏も読む。裏を読むのが癖になってしまった感がある。何通りか考えたが、オレにはがいると思い知らせるのが一番だという案に辿り着いた。 幸い、オレらはまだ人ごみの最後の方にいてを呼ぼうと思えば呼べる距離には座っている。 チラッと見ると、は同じく購買に昼食を買いにきていたクラスメートとなにやら楽しそうに喋っていてオレがこいつに捕まってるのに気付いていないようだ。 あいつは本当になにしに購買へ来たんだろう・・・。と自分の目的を忘れてまだ喋っているらしいと思う。まだ話しかけてくる鬱陶しいやつに段々とイライラが募ってきた。



「飲み物どうしようかなー。ねえ、阿部くんは・・・」
!」



我慢しきれずに会話を遮るようにの名前を呼んだ。クラスメートに手を振っているは、いきなり呼ばれてびっくりしている様子だった。こい、と手招きする。鬱陶しいやつも驚いてオレを見ている。 「どしたの、隆也ー」とに呼ばれる自分の名前に少しだけイライラが癒された気がした。オレの左にを来させる。に鬱陶しいやつの存在は気付かれたくはなかった。(後々めんどそうだから)



、アップルパイすきだったよな」
「うん、めっちゃすき!」
「買ってやるよ」
「マジで!?ありがと、隆也ーっ!!」



この間「アップルパイがある!」と部活前に購買に来たときに喜んでいたのを覚えていた。すきだとは言わなかったが、すきなんだなと思った。 「隆也の彼女でよかったー・・・」とアップルパイ一つで安い奴だなと思ったが、今、この状況でその言葉はタイムリーだった。ホームランだったかもしれない。とにかく、「良い当たり」だったのだ。 いつの間にか鬱陶しいやつは消えていて、オレはカレーパンとアップルパイと飲み物代をおばちゃんに払った。「ありがとうございましたー」という笑顔のおばちゃんに「ありがとうございましたー」とも笑顔で返していた。



「なんで、お前がありがとうございました言ってんだよ」
「なんでだろう?ノリ?」



教室へ帰る道を歩く。さっき時計を見たら昼休みはあと20分も残っていた。昼飯を食う時間は充分ある。(にとってみれば、ギリギリかもしれないが) 隣で「アップルパイだー」と語尾に音符がつきそうなほど上機嫌な彼女を見ると、なんだか気が抜けた。なんでオレがいきなりアップルパイを買ってくれたのかも、気にならないようだった。 まあ、説明したくないからそれは好都合なんだけど。


教室に戻ると花井と水谷は既に弁当を食い終えたようで、なにやらノートを広げて会話をしていた。今日の練習メニューのようだった。オレらが帰って来たと気付くと「おせえぞー」と水谷に言われた。



「みて、みて!アップルパイ買ってもらった!」
「阿部に?」
「そう、隆也に買ってもらった!」
「へえ?珍しいこともあるんだなー」
「・・・ンだよ、うっせーな」



席についてパンの袋を開け、かじりつく。あまり辛くないカレーが口に広がる。アップルパイを自慢するなんて、本当精神年齢は大丈夫だろうかと心配になる。 アップルパイを食べようか弁当を食べようかで真剣に悩んでいる姿を見て、大丈夫じゃない。と思った。



「隆也、それ一つ?」
「そうだけど?」
「絶対足りないでしょ」
「そうか?」
「!じゃ、私のお弁当あげる!私アップルパイ食べる!」
「いいのかよ?」
「ん?いいよー。あ、ちょっと私食べてるけど気にしないならどうぞ」
「ソレは全然気になんねえよ」



「はい」と言ってオレの机に移動してきた弁当は、卵焼き一つとふりかけののった飯が一口なくなっていた。購買に行く前にが食べたものだ。オレはカレーパンをぺろりと平らげ、貰った弁当を有り難く頂いた。 「あー間接キスー」とか水谷がなんか言ってたが直接したことあるんだ、なにを今更!と殴りつけた。「私の箸使うの結構あるよね?」とアップルパイを頬張りながら尋ねてくる。 「お前がよくオレに食いもんくれるからだろ」ウインナーを頬張りながら答える。「お前ら食ってから喋れよ」と花井が突っ込んでくる。 「アップルパイうまー!」と花井の言葉を軽くスルーするに呆れを通りこして笑ってしまう。



「隆也アップルパイ食べる?」
「ソレ甘いからいらねー。が食えよ」
「じゃ、オレ食う!」
「水谷になんかやるか」
「なんで阿部が答えんだよ!」
「お前にやったらそれこそ間接になんだろうが!」
「あーそっか」



何を考えてるんだ、このクソレフト。ふざけんじゃねえぞ。ふりかけご飯を口に運ぶ。おかかのふりかけだ。がオレの腕を軽く叩いてきたから、ん?と左に倒れるように耳を傾けた。 「流石に水谷くんにはあげられないよね」とこそっと耳打ちをしてくる。口に入ってるものを全て飲み込み、ああ、絶対な。と耳打ちで返した。 「あー!お前らなんか言ってるだろー!」と水谷がオレとを交互に指差して文句をたれている。うるせえ、お前は花井にレフトフライの練習を追加してもらえ。

明日からは、篠岡がいても5人で弁当を食べようと思った。(なんかオレ恥ずかしいこと思ってんじゃねーか?)





続く日々も君とありたい
(阿部狙われてるらしいけど、オレは!?)(水谷くんも花井くんも狙われてるよー)(オレもかよっ!!)





071014 家長碧華
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