「うわ！藤代くんのユニフォーム破けた！」
「ファウルじゃないの？サウジのファウル。審判流したな」
翼と一緒に久しぶりのA代表の試合を観ている。藤代がA代表初召集！と新聞に大きく取り上げられ、注目が集まっている試合。
その藤代くんはスタメンではなかったけれど、仲間の負傷退場で途中からピッチに立った。隣で翼が「なんで藤代が」と文句を言っているのについ笑ってしまった。自分が召集されなかったからって拗ねてるんだもん。
藤代くんのユニフォームが破けている。ユニフォーム自体は破れやすく作られていると翼から聞いたことがある（相手にひっぱられて首が絞まらないようにしてあるらしい）が、相手がユニフォームを掴んでいた確かな証拠だ。
なのに審判はホイッスルは吹かず、ノーファウルだというジェスチャーをした。・・・なぜ？
「破けたらすぐ取り替えるんじゃないの？」
「普通は審判に替えろとか指示出されるかな」
「あのままプレーしてるけど」
「してるね。前半はこのまま行くんじゃない？本人も別に気にしてる様子もないし」
テレビに映し出されている時計は43にもうすぐなるところだ。審判がもしかしたら、破けているのに気付いていないのかもしれない。今日の審判だめだなー。なんて名前よ？どこの国の審判よ？
襟元が破けて、走って風を切ることが多い藤代くんだからかユニフォームがパタパタと揺れ、チラチラと逞しい身体が見え隠れしている。
「代表のユニフォーム着てる人を色っぽいと思ったの初めてかも」
大抵は”かっこいい”と思う。翼の代表のユニフォーム姿はかっこいい。翼は「色っぽい？」と聞き返してきた。
「はだけてる感じじゃん。翼のユニフォームが破けたらすぐ新しいのに替えてね」
「なんで？」
「いや、だから、色っぽいから」
ちゃんと伝わったようで、ぽんっと一度頭を軽く叩かれた。丁度良くユニフォームが破けた藤代くんのアップが映った。「アレが色っぽいねえ」と翼が藤代くんを見て呟く。男の翼にはわからないと思う。
逆にわかったら気持ち悪い、ような気もする。
「ベンチが替えのユニフォーム用意してくれなきゃ替えれないけど」
「私、玲さんに言っておく！それと松下さん」
「なんでが松下コーチ知ってんの」
テレビから前半終了のホイッスルが聞えた。これでユニフォーム替えれるね、となぜか私が安心している。
「こっそり翼の練習観に行ったとき仲良くなった」
「はあ？コーチから話し掛けてきたわけ？」
「うん。椎名の奥さんですよね？って。クラブハウスに案内してくれて。その日丁度翼と結人くんの取材でさ。だから、すぐ帰って来た」
ガンバ大阪の期待の若手！という大きな文字の下に練習着のままの二人の笑顔が載った雑誌を昨日読んだ。内容は他のサッカー雑誌となんら変わりはなかった。
取材を受けている二人のサインが欲しいのか、あの日は練習が終ってもまだたくさんのサポーターがいた。結人くんのサインが欲しいのかな？それとも翼なのかな？と運転しながら考えた。
「言ってくれれば取材見学できたのに」
「うん。松下さんも言ってた。見ていかない？って。椎名選手の奥さん扱いされるのがどうもね...。松下さんは翼の奥さん扱いしてくれたから」
ピッチ上に日本の選手たちが出てきた。そろそろ後半が始まる。そして、ユニフォームが全員新しくなっている。藤代くんのユニフォームはもう破れてはいない。汗で色が変わってもいない。
「ふーん...椎名選手の奥さん扱いねえ」
「この人が椎名選手の奥さん!!っていうあの目がこわい...」
「オレが隣にいても？」
翼が隣にいたら余計に...とはいわずに、うーん...と考え込む。これは私がはぐらかすときにやる癖、みたいなものだ。自分で癖だとわかっているんだから、翼にはバレバレだろう。
顔がニヤニヤとしている。だが、視線は円陣を組んでいる日本代表の姿を捉えていた。私を見ていないのに、ニヤニヤと笑っている。癖なんかそんなレベルではなく、すでにバレバレだったらしい。
「オレ夫婦で取材受けてみたい」
ピーッ!という甲高い笛と重なったけれど、はっきりと聞えた。確かにそういうコーナーをやっている雑誌はある。昨日読んだ雑誌にあった。柾輝が奥さんと嬉しそうに笑っている写真がとても印象に残っている。
あそこの夫婦は本当に仲が良くて（奥さんきれいだし！）雑誌に載せても恥ずかしくないと思う。無理、という私の言葉は無視された。
「今度その雑誌の記者が来たらオレからアポ取りに行っとく」
「だから無理！」
「あ、藤代のゴール」
「ええ!?うそ!?見逃した...！」
「ばーか」
「ちょ！笑わないでよっ!!」
拒否権なんてないんでしょう？
（藤代君初出場初ゴールだー！お祝いのメールしよ）（なんでお前がアドレス知ってんだよ！）（内緒）
071104 家長碧華
タイトル提供：てぃんがぁら