「椎名ー。居残り付き合え」
「センタリングの練習?」
「おう!そしたらお前はクリアーの練習になるだろ?」
「オレはクリアーの練習はもうしなくてもいいんですけど」
「お前、先輩に向かってー!」



中学生のときにイメージしていた世界で戦うということ。高校を卒業したあと海外のチームでプレーすることになったが、その後オレはJリーグのチームへ移籍することになった。 海外で学んだ事は今、とても活きていると思う。でも、あの時思い描いていた通りに進んでいるとはいえなく多少見劣りはする。

オレがJリーグのチームに移籍した理由は2つある。チーム事情とのことだった。FWに外国人選手を使いたいから、DFに外国人枠をあまり使いたくないと戦力外通告を出された。 あの当時は試合に出させてももらえず、ベンチに入ることさえできないことがあった。なんとなく気付いてはいた。救いになったのは複数のチームからオファーがきていたことだった。 隣の国のチームからのオファー、日本のチームからのオファー。オレが日本のチームのオファーを受けたのはの「一度Jリーグを経験してみても悪くないと思う」という言葉が背中を押したから。





先輩がひたすら上げたセンタリングをオレはただクリアーするのも飽きてきたので、セットプレーの練習に変えGKもDFもいないがら空きのゴールへヘディングを決めているところだった。 先輩もいつの間にかオレの跳躍力に合わせた、ピンポイントのセンタリングを上げてくれていてジャンプして当てれば入る、というシュートばかりだった。



「椎名ー!奥さん来たぞー!」
「えっ?が?」



クラブハウスからコーチが走ってきた。がきた?・・・なにか約束してたかな。とセンタリングに合わせるのをやめただゴール前で立って考えた。何も約束はしていないはずだ。 センタリングがオレの頭の上を通過してゴールマウスに直接吸い込まれていった。



「椎名、奥さんとこ行っていいぞー」
「いや、練習を中途半端にして行ったら怒るやつなんで最後まで付き合いますよ」
「へえ?わかってくれる奥さんじゃねーの」



クラブハウスを見ると大きな窓ガラスからこっちを見ているが見えた。笑って手を小さく振っている。軽く手を上げオレはまた居残り練習を再開した。





# # # # #





「お待たせ」
「お疲れ様。居残り練習とは関心だね」
「付き合ってただけだけどね。それより、今日はどうしたわけ?どっかでランチするとか約束してないよね?」
「してない、してない。ちょっと来てみたかっただけ」



お先に失礼しますとコーチ陣に挨拶をしてクラブハウスを出た。「またいつでもどうぞ」とコーチに言われは嬉しそうに「また来ます!」とお辞儀をしてオレの後をついてきた。 愛車に乗り込み家に帰るのはもったいないと感じ、自宅とは逆の道を走り出す。「どこ行くの?」と尋ねるに「どこだろうね?」と返す。 スピーカーからはポルノグラフィティのあの独特の歌声が流れてくる。アルバムだからエンドレスで、その歌声だ。が助手席で歌っている。少しだけ開けた窓から入ってくる風が心地よい。



「翼、私パスタがいいな」
「パスタか。いつもんとこでいい?」
「いつものとこがいい」
「了解」


どこ行くの?と尋ねてきたのに、向かう場所がわかっていたかのような口ぶりだ。実際、どこかでランチをしようと思って車を走らせていたからの要望には応えられる。

あのまま海外のチームに残っていたらこうやってと練習後のランチができたかな?と考えると日本でプレーするのも悪くないと思える。が海外に来て、あっちで一緒に暮らすことができれば、問題はない。 だけど、オレたちはまだ若くて。経済面だとかに目を向ければ、に「一緒に」という類の言葉をかけることはできなかった。(今のJリーグのチームでも年俸はそんなに多くないけれど)

中学生のとき夢見ていた、世界に通用するサッカー選手にはなれてはいないけれど、多くの幸せを手に入れたと思う。 が隣にいるっていうのが一番の幸せで、サッカーをまだやってられるっていうのも一番の幸せで。が幸せだと思っているのであれば文句なし、というところだ。



「到着」
「あーお腹減ってきたー」
「オレも腹減ったな」
「良い匂いするー!」
、子供じゃないんだから」
「良い匂いするんだもん」



急かすようにオレの手を取り店のドアを開けた。「いらっしゃいませー」という店員の声と共にのいう良い匂いが更によくわかる。 「二名様ですか?」というマニュアル通りの問いに「はいっ!」と笑顔で答える。窓側の席に通される。 メニューを見ながら「翼どれにするー?あーこれ美味しそう。いや、でも・・・」とブツブツ独り言を言っているとこうやっていることはやっぱり幸せなんだと感じた。 「翼聞いてるー?」と目が合い、うん、聞いてる。なに食おうかな。と一緒にメニューを見る。

ずっとこんな幸せな事が続けばいいなと思った。





手を繋いで離さないで
ずっとこうして
 (ね!どうせならお買い物もしようよ!)(なに欲しいの?)(欲しいものは、ない!)(なにソレ)





071104 家長碧華
 (ポルノグラフィティ/幸せについて本気出して考えてみた/唯さんリク)
  タイトル提供:as far as I know