マスクを被り直し、座ってサインを送ると三橋は頷いて投球フォームに入る。ミットを構えれば三橋の投げた球はソノ場所にドンピシャでくる。

今日は実践を意識した練習だ。三橋がマウンドに立ち、オレが座って受ける。部員の人数上外野3人を除いて、内野だけ入っての練習だ。 今打席に入っているのは泉。要求したとおりにボールがきて、泉もオレの予想通りサードゴロに倒れた。今日の三橋も絶好調だ。



「はーい!一旦休憩だよ!水分補給しっかりしてね」



監督のソノ一声で部員は日陰を求めてベンチへ戻る。今日は最高気温が30度を超す真夏日だ。マスクを外すと少し涼しい気がして、気持ちよかった。

ヘルメットも脱ぐと首にいきなり冷たいものが触れ、ビクッとする。後ろを振り返るとがにっと笑って濡れているタオルをたくさん持っていた。首に触れたものはソノタオルだった。



「お疲れ、隆也!気持ちいいでしょ?」
「すげー気持ちいい」
「熱中症にならないように、気をつけてね。水とか千代からちゃんともらってよ?」
「おー。サンキュ」



は満足したように笑い、他の部員のところへタオルを渡しに行った。オレもベンチに戻り篠岡から麦茶をもらって一気に飲み干した。ベンチに座って一度防具を全て外す。ふうと一つ息を吐いた。

今日練習できるのは後1時間程だった。そのためは練習メニューは内容の濃いものになっていた。暑いせいか体力も通常の練習より消費している気がする。

全部員にタオルを配り終えたがオレの隣にやってきた。



「なんかさ、マネージャーって切ないよ」
「は?切ない?」
「だって、私たちはあの白線を越えれない」
「あー・・・選手じゃなきゃあの白線は越さねえからな」



他の学校でなら、選手としてでもあの白線を越すことができないやつらがたくさんいる。練習は別だ。大事なのは試合に出れるかどうかなんだから。

マネージャーのは練習ですらあの白線を越すことがないない。ソレが切ないらしい。そんなことを思いながら今まで部活に出ていたのだろうか。



「じゃ、今、マウンド登ってみるか?」



は驚いた表情でオレを見つめた。いや、そんな驚くようなことだろうか。超えたいなら超えればいい。今は休憩時間だ。マウンドに、グラウンドには誰もいない。



「マウンドじゃなくていいよ。白線を越えれるなら」



そこら辺に転がっていたボールを拾いベンチを出た。日陰から出るとジリジリと肌を焼いてくる暑さだ。の額にも汗がうっすらとにじんでいた。

オレは白線を軽々と越えたが、が中々こない。振り向くと白線の手前で止まっている。超えたいと言ったのはだろう。



「来いよ。なに遠慮してんだよ?」
「いいのかな。みんな、いいかな」
「グラウンド入るなよ!とかっていうやつ居ると思うか?」
「思わないけど」



オレらがグラウンドでなにかやっていようが、他の部員は特に気にする様子もなく(オレにはソレが丁度いいけど)各々休憩している。 田島に限ってはいつも休憩時間も元気にしていて、周りの奴らもゆっくり休憩できやしないが。

白線の手前で動かず止まっているに痺れを切らし、の手を取り再び、来い、と促す。はオレを見、グラウンドを見つめた。そして、頷いた。

一歩踏み出して白線を越えると、今まで繋がれていたオレらの手を見ていたの視線がパッとオレに向けられた。ソレにはオレもビックリした。目が潤んでいた。



「う、あー!白線越えちゃった・・・っ!!」
「おー。どうだよ。グラウンドに立った感想は」
「高校球児になった気分だよっ!」
「そうか。良かったな」


一歩踏み出してしまえば、怖いものはないのかはオレに手を引かれるがままに歩いてきた。オレが向かった先は勿論マウンドだ。

から聞いた夢がいくつかある。は小さな夢をたくさん抱いている。勿論、大きな夢もあった。オレが記憶している中に「マウンドに立ちたい」という夢があったはずだ。 高校野球がもともと好きなはマウンドにはノコノコと立ってはいけないという考えがあるようだった。ましてや、自分は野球をやっていない身だ。ソレは尚更のことだった。



「マウンド、立っちゃったよ・・・」
「ほら。ボール」



マウンドに立っているにボールを預け、オレは自分のポジションへ小走りで向かった。ボールを持たされたはどうしていいかわからずに、ただ戸惑っている。 ミットだけを着用し、座って構えた。届くわけないが、ミットは必要だ。素手で構えるよりも標的が大きくなり、投げやすいはずだ。



「投げてみろよ!夢なんだろ?」
「いいのっ!?」
「・・・次、いいのって言ったら罰な」
「なにソレ!」
「ほら、早く投げろよ」



自分の手の中にあるいつもは磨いたり、縫ったりしているボールを初めてマウンドから投げるはボールをジッと見つめていた。決意したようにギュッと握りしめ、「隆也、いくよーっ!」と叫ぶ。 ミットを軽く拳で叩き、ストライクゾーンに構えた。

がおおきく振りかぶって投げたボールはワンバウンドして18.44メートル先にいるオレへ届いた。真っ直ぐ飛んできた。コントロールが良いのに少し、驚いた。

ボールがオレのミットに収まるとがマウンドから走ってきた。なにやら興奮気味だ。



「隆也、ありがとう!!」
「おーいいよ。夢が2つ叶ってよかったな。つーか、よく今まで言わないで我慢してたな。マネージャー何ヶ月やってんだよ」
「いやー・・・。夏大でみんな頑張ってんのに、私の我侭言うわけにはいかないなあと。凄いねっ!マウンド、凄いねっ!三橋くん尊敬するわ。あんなところであんなボール投げてるんだ」



「で、隆也があんな風に見えるんだ」とバッターボックスで嬉しそうにオレの手を左右に揺らしながら、喜んでいる。のくせのようなものだ。テンションが上がると人の手を取って左右に揺らしたがる。 オレはそんなに満足し、つられて笑った。

「休憩終了ー!もう時間ないから守備の連携確認するよー!ポジション入って!!」と叫んでいる。ベンチに防具一式を置いたまんまだ。で慌ててバッターボックスから出て篠岡の元へ駆け寄って行った。

全て防具をつけ、キャッチャーのポジションへ走って行こうとしたとき、「隆也!」と呼ばれて振り返った。



「次に叶ってほしい夢はね、西浦が甲子園出場することだよ!」



「ファイトッ!」とガッツポーズをしてエールを送られれば、自然と頬が緩んでくるに決まってる。行くに決まってるだろ!と自分にプレッシャーをかけ、マスクを被っていつものポジションに座った。

夏大決勝まで1週間を切ったんだ。あと1つ勝てば、の夢を叶えてやれる。しまってこー!!と仲間に声をかけるとそれぞれ声が出る。負ける気は何故か全くしなかった。





目指すは青空
 (ツーアウトー!!)(あと1つで甲子園、甲子園に行ける・・・ッ!)





071211 家長碧華
 (いきものがかり/青春ライン/浅野満里菜さんリク)
 タイトル提供:MISCHIEVOUS