「なー!阿部ー!阿部ってキスしたことあるのか?」
「なんで、そんなこと部活中に言わなきゃなんねえんだよ」
「えー!いいじゃんかよー!」
「・・・あー・・・、あるけど」
「マジかよー!阿部彼女いたのかよー!」



という会話をさっき聞いてしまいました、です。

休憩ー!と監督が言って、みんながベンチに戻ってくる。それぞれタオルで汗を拭いたり、水分を補給する。そのときに、田島くんと阿部くんがしゃべっていたのが聞こえちゃったんだ。 きっと、他の部員の人も何人か聞えたんだろうなあ。水谷くんはびっくりして、二人の会話に参加してたし。

現在私は、阿部くんと付き合っている。それも一昨日からのお付き合いだ。隆也って呼べって言われたけど、なんだか癖と恥ずかしさで隆也と呼べない。 それに、まだ野球部のみんなに言ってないんだと思う。だから、私たちのことを知ってる人は誰もいない。言ったら、きっと誰かが私のところに来るはずだ。 言わなかったら、バレたときに質問攻めにあうんだろうなあ、阿部くんが。

まだ、キスはしてないから、そのお相手は私じゃない。なんだか、酷くショックを受けた。

15年生きてきて、キスのひとつやふたつ。みっつやよっつあったって不思議じゃない。けど、阿部くんだ。(ちょっと失礼、かな?)オレ野球にしか興味ない。的な阿部くんに元カノがいたなんて・・・! 阿部くんからの愛を受けていたであろう、ソノ元カノに嫉妬する。なんか、色々と考えなくない、な。

千代に「どしたの、大丈夫?」と心配されてしまった。大丈夫じゃないけど、大丈夫と答えるしかない。だって、阿部くんと付き合ってるって言っちゃいけない気がするから! 私と千代の会話を聞いていたのか、聞いていないのか、阿部くんが入ってきた。こんな精神状態のままじゃ、普通に会話ができるはずがない!とにかく、私は落ち着きたい!監督! 早く休憩終了だよー!と叫んでくださいッ!

が、ソノ願いは叶わず、監督は志賀先生となにやら会話をしている。・・・監督ー・・・!



「なんだよ、。具合悪いのか?」
「や、ち、がうもん」
「なんか、ちゃん、いつものちゃんじゃないみたいで・・・」
「具合悪いなら、ソコ座っとけよ」
「う、うん!ありがと!!」



阿部くんは、千代の前だろうが私をと呼んでくれた。それは凄く嬉しくって、田島くんとの例の会話を少し中和できたんじゃないかな。 だって、そんな過去にまでさかのぼって嫉妬するなんてうざい女じゃん!阿部くんに嫌われたくないから、そんなことで心配されてちゃだめじゃん!

そう無理矢理思うことにした私は、阿部くんと千代に心配かけまいとテンションを上げてみた。だいじょぶだよ!めっちゃ元気だよ!風邪とか引くわけないじゃん! 疑うように見る阿部くんの視線が少し痛かったけれど、「まあ、無理すんなよ」と頭を軽く叩いて「三橋!」とミットを持って三橋くんのところへ行った。

今の阿部くんの行動にときめいてしまった私はその場にしゃがみこんで、やっぱり千代を心配させてしまった。そして、阿部くんとの関係もなんとなーくだけどはっきりと気付かれたと思う。 だって、普通は部員とマネージャーじゃあんなことはしないでしょう?千代の頭を阿部くんがポンポンって軽く叩くんだよ?・・・やだ、なあ。

「阿部くんと付き合ってるの?」とコソッと耳打ちされて、私は顔を自分の膝に埋めたまま頷いた。「そーか、そーか」ときっと笑ってる千代の声。ごめんね、阿部くん。千代にばれちゃった。 でも、阿部くんが悪いんだ!あんなことするから!部員にばれてないだけ、マシだよねッ!

私はもともとがポジティブ思考な人間だ。だから、良いように考えるんだ!



ー今さ、阿部、のことって呼んでたよね?」
「う、あ、え・・・!?」
って下の名前で呼んでたろ?」
「な、なに、を言ってるんですか、水谷くん!」
「うわーなんかあやしー。なにあったんだよ、ー!」



水谷くんはなんて耳の良い人なんだろう。さっきも阿部くんと田島くんの会話に入っていってたし、今度は私と千代の会話に入ってきてるし。しかも、そこを聞かれてるってことはもう最初っからじゃない!

阿部くん、助けてー!阿部くんは三橋くんとなにやらピッチングのお話を身振り手振りでしているご様子。でも、ここで阿部くんを呼んだら更に怪しいかな?どうかな? といろいろと思考をめぐらすが、そんなにいっぺんにいろいろな事を考えられるほど器用ではないから、頭がパンクしそうだ。私じゃなくて、阿部くんに質問しに行けばよかったのに!水谷くんのばかッ!

そんな水谷くんはなんだか答えがわかっちゃってそうで、顔がニヤニヤしてる。(あ、言葉ほどいやらしい顔じゃないよ!)「水谷くん、ちゃん苛めないであげてよー」という千代の優しさがすごく嬉しい。 その千代の一言を聞いたのか、阿部くんがやってきた。しゃがみこんでいる私と千代と水谷くんに「なにしてんだ、お前ら」とでも言いたそうな表情で。



「なんだよ、水谷。お前、苛めてんのかよ」
「ほら!やっぱりー!」
「ああ?なにが、やっぱりだよ!」
「阿部がのことって呼んでるー!」



水谷くんがおもしろいものでも見つけたような、嬉しそうな表情で阿部くんを指差している。
「ああ、なんだ、そんなことかよ。言っちまえばよかったじゃねえか」と言うけれど、私は阿部くんがなにか考えがあってみんなに言ってないものだと思っていたから言いだせなかったとコソコソと伝えた。 「じゃ、今がタイミングだな」とコソコソと伝えられ、頷いた。水谷くんの表情はまだ嬉しそうな表情だ。



「オレと、付き合ってんだ」



「ええー!!」という水谷くんの大声はわかる。なぜか田島くんの声も聞える。西浦のみんなは耳がいいんだな、うん! 「いつから!?いつから!?」という田島くんと水谷くんからの質問攻めにあっている阿部くんはいつものように「ンなの関係ねーだろ!!」と誤魔化さずに「一昨日から」とちゃんと答えていた。

「じゃ、さっき聞いたキスの話はとのキスなんだな!」という一番聞いて欲しくなかった質問が田島くんの口から飛び出した。阿部くんの動きが一瞬止まる。なんだか、私は怖くなる。 それもはっきり言うのだろうか。阿部くんは困ったようにしているが、別に隠さなくてもいい。もう、どうでもいい。



「いや・・・ちげーよ」



ボソッと呟いた声は私の耳にもちゃんと届いた。実は私も耳がいいんだ!

そろそろ立ち上がろうかなあ。ずっとしゃがみっぱなしで足が痛くなってきた。でも、なんだか立ち上がれないなあ。千代も同じくらいしゃがんでくれてるけど、痛くないのかなあ。

阿部くんとキスしたことがある女の人がこの世にいる。何人かはわからない。怖くて聞けない。けど、確実に1人はいる。それは事実なわけで。きっと、過去に阿部くんはその人がすきで、すきで、だいすきだったはずなんだ。 だから、キスしたい。って思って、キスしたんだ。それは不思議なことじゃないって、さっき思ったじゃん、私!なのに、頭が受け入れてくれない。私は独占欲が強いんだなあ。 初めてカレシができて、わかったよ。私、独占欲強いんだ。

「休憩終了だよー!」監督の声が響いて、私はいつの間にか目に溜まっていた涙をぬぐった。やだな。なに泣きそうになってんの私。

みんなザクザクとグラウンドに走っていく音がする。すでにキャッチボールをしている音もする。部員が頑張ってんだ。マネージャーの私は影で支えるんだから、私こそ頑張らなきゃ。

よし。と心の中で気合を入れて、立ち上がる。足がジンジンする。しびれていて、上手く歩けない。 さっき、「千代ちゃーん!アイちゃんお願いできるー?」と呼ばれていたから、千代はアイちゃんとグラウンドの外野辺りへ行ったに違いない。

今はマネージャーのお仕事だ!うわー・・・ベンチが汚い。キレイにしよう!まだおぼつかない足取りでベンチ前まで歩くと後ろから「」と呼びかけられてビックリした。



「あ、べくん。休憩、終ったよ?」
「わかってる」
「ほら、早く行かなきゃ監督に怒られるよ?」
「それもわかってる」
「じゃ、どうし・・・」



グラウンドからは見えないように、誰にも気付かれないようにされたキス。ミットは地面に落ちていて、阿部くんに両腕をつかまれてキスをされていた。

びっくりして私は目を閉じるのを忘れていた。それはほんの数秒だったけれど、時計が止まったような気がした。阿部くんの唇がはなれても、その感覚はなくならない。



「すきなやつが泣いてんのに、放ってランパスなんかできっかよ」



抱きしめられ、耳元でそんなことを言われると今まで考えていたものが一気に吹っ飛んでいった。過去にすきな人がいても、しょうがない。私だっていたじゃないか。 でも、今は私は阿部くんがすきで、阿部くんは私が、すきなんだ。今の言葉でそれがわかったから、もういいんだ。これから阿部くんからキスされるのは私だけなんだもん!

「いつものに戻ったな?」と言って阿部くんはミットを拾う。いつも以上の私です。「阿部ー!そろそろお前の番くるぞー!」と栄口くんが呼んでいる。 「おー!サンキュ!」そう言って阿部くんは帽子を被りなおしてベンチから飛び出していこうとして、振り返った。



「まだ、阿部くんかよ。隆也って呼べって言っただろ」
「慣れないんだもん・・・」
「次、阿部くんって呼んだらからキスだぞ。で、隆也って呼んだら・・・」
「阿部くんからキス!」
「はい、ブー。今、阿部くんって言ったからからな。部活終ったあと、楽しみにしてンぜ」
「え、ちょ、まっ!」
「三橋!ランパス、行くぞッ!」



暑い、暑い日の下へ駆けて行った。オロオロする私を残して。私からって・・・!ちょ、待って隆也!ちゃんと呼ぶから!みんなの前でも隆也って呼ぶから私からキスは、ちょっと!!ねえ、隆也ッ!!





瞼にキスを一つ
 (た、隆也ッ!)(あ?ンだよ?)(無理ッ!!)(・・・こうやればいいンだよ)(・・・え、う、あ)(ははっ、顔真っ赤だな)





080103 家長碧華
 タイトル提供:MISCHIEVOUS