[サッカーをある程度わかっていないと理解しにくい内容かもしれません。恋愛要素など全く含まれておりません]





敵地韓国にオレたちは乗り込んだ。覚悟は日本を旅立つときにした。完全なるアウェーで戦うことになると。試合前の練習でピッチへ出た。ピッチに出る前から声でわかっていた。想像以上に真っ赤だった。 日本のリーグにも赤を主にしたチームはある。特に浦和レッズとの対戦のときはスタジアムは常に真っ赤だ。だが、そのレッズサポーターをも押しのけるのではないだろうか。 レッズとは赤の色が少し違うが、なにかが異常ではない。



「結人、やべーな」
「アウェーだな。こんな体験滅多にできないぜ?」
「余裕だな、お前」
「燃えるじゃん。黙らせたいじゃん、この声。この間レッズに負けたから余計燃えるっ!」



ポツポツと雨が降ってきた。このスタジアムは屋根がない。練習終了のアナウンスが流れ、韓国サポーターの罵声を背中に受けてロッカールームへと引き上げた。

プラクティスシャツを脱ぎ汗を拭きジャパンブルーの戦闘服に身を包む。自分の名前と自分だけの背番号を背負う。YAMAGUCHI、10と一緒に背負ってくれているサポーターは何人いるだろう。 いつも試合会場へ移動するバスでそのユニフォームを見掛けると嬉しくもなるし、半端なプレーは出来ないとも思う。でも、今アウェイでいるときはソノ姿がオレの勇気に変わるのはウソではないし、言い過ぎでもない。 一緒に戦ってくれているんだ。

キャプテンの椎名を先頭に入場するが国際試合でのみ使用される入場曲が聞えない。自国に対する歓声とオレたち憎き日本に対する罵声とで、かき消されている。 いつまで韓国人は過去の出来事を引きずるのだろう?今生きてる日本人はほとんどそのことに関わっていないのに。それはあっちにも言えることか。お国柄、とくくりつけてしまおう。 オレはサッカーの試合をやるまでだ。

もちろん、君が代も聞えない。同じピッチで歌っている仲間の声もわずかにしか聞えない。いや、みんな歌っているのだろうか。このブーイングは酷すぎる。 自分たちの国歌になれば大合唱だ。日本のサポーターはさっきのブーイングにも関わらず大人しく聞いている。



キックオフのホイッスルがなる頃には雨が酷く降っていた。すでにユニフォームは濡れていて身体にくっついている。代表のユニフォームはこういうコンディションも考えられていて雨を吸収してもまだ軽い。 ピッチはまだ踏ん張りがきく。スパイクはもう一足持ってきてる、大丈夫。水溜りのできているところもまだない。だが、このまま降り続けばハードな試合になるだろうと誰もが思ったと思う。

そのハードな試合が展開された。水溜りとまではいかないものの、パスがのびない。止まる。スリッピーなピッチになり、滑る。それにこの大歓声。ハードもいいところだ。 こんなキツイ試合はJリーグでは経験できない。「ハードワークしろ」とジュビロの監督に言われ、自分ではちゃんとやっていたつもりだったのにこれを経験したら、今までのはハードワークとは呼べないかもしれない。

スタジアム全体がドっと沸く。韓国に先制を許してしまった。調子に乗らせたくなかったサポーターを乗らせてしまったことが先制された悔しさより勝る。早く自陣に戻れよ。リスタートできないだろ。



「まだ時間はある!」



後ろで叫ぶ渋沢の声がかろうじて聞えた。自分たちが攻めるべきゴールの後ろには日本のサポーターがいる。肩身を狭くしているのは、わかっている。 それでも、太鼓を叩き、旗を振り、声を張り上げている。ゴールを決めてまずは追いついてくれると信じて歌っている。

DF同士でなにか言葉を掛け合い、その言葉がボランチを伝ってオレのポジションまでくる。失点の原因を軽く解析した結果だ。右サイドが攻め込まれている。カバーリングに気を付けろとのことだ。 前線からのプレスも。少しでも後ろへの負担を軽くしてやろう。



「藤代!センタリング遠くても放り込む!」
「おうっ!」
「一馬!後ろからのパスは練習通り!」
「おー!」
「若菜!椎名にピンポイントのロングパスを一馬へ送れって伝えて」
「了解。椎名っ!椎名ーっ!!」



イメージする。ゴールまでの流れを何パターンもイメージする。練習で何度もやったパワープレイも頭の片隅に置いておく。残り10分で負けてたら椎名を前線へ上げる。 監督からの合図が何かしらあるはずだ。時計を見る余裕は多分ない。監督を見る余裕もないかもしれない。でも、左サイドの誰かが伝えてくれるだろう。オレはもう攻撃に専念させてもらう。後ろは任せた。

わかってるだろうけど、若菜に「バランス考えろ!」とも伝えた。ボランチはバランスを取る重要なポジションだ。あいつはテンションが上がると段々前に上がってくる。 ソノせいでDFの前のバイタルエリアがガラ空きになるシーンがよくある。一番失点されるケースが多い。ソレを若菜の頭に入れておけば大丈夫だろう。あいつだってプロなんだから。

椎名や渋沢からロングパスが前線へ放り込まれる。だが、韓国のDFに跳ね返される。観ていても苛立つと思うが、やってる方はもっと苛立つ。

テクニカルエリアに監督が出てきた。なんと言っているのかわからない。本当にこの歓声は邪魔だ。監督に一番近い杉原から伝言のように伝わってくる。残り10分。椎名と若菜は前線へ。という指示だ。 若菜も?と思ったけれど何か意図があるのか、それとも得点能力の高い二人を攻撃に集中させたいだけなのか。後ろがかなり手薄になる。ピンチのときはオレもダッシュで戻んなきゃなと考えると笑えてきた。 マジでハードすぎる。この試合で体重が何キロ落ちるかが楽しみにもなってくる。・・・4キロいったら恐いな。

韓国も攻撃に人数は割いてこない。自陣に引き、完全に守りに入っている。これはオレにとって凄くラッキーだ。カウンターにさえ気をつけておけばいい。さっき考えていたダッシュで戻るってこともあまりなさそうだ。 オレはカウンターでやられることはないと思っている。後ろの奴らの危機察知能力が高くカバーリングもいい。

あと一歩が届かない。もどかしく、イライラとし、クロスの精度が落ちる。これじゃ悪循環だ。

精度だけを考えて、誰かに当たれば入るようなクロスを描くことに集中して足を振りぬく。思い通りのクロスが上がった。誰か入れてくれ!!藤代がいち早く反応し、ドンピシャのタイミングでゴール前でヘディングをする。

ガンッ!

ボールは激しい音を立てクロスバーに当たってラインを割った。なんでソノ音が聞えるんだよ。今まで味方の指示すら聞えなかったのに。

ボールが出るのを待っていたかのように主審がホイッスルを鳴らす。1点差で負けた。それもオレたちはノーゴールで終った。韓国の選手たちが飛び跳ねて喜んでいる。ベンチメンバーもピッチに飛び出してきていた。 おい、おい、優勝ってわけじゃねーんだぞ。勝ち点3を奪い合っただけじゃねーか。

ソノ勝ち点3が大きく響くことはまだ冷静になれていない頭でもよくわかっていた。あー痛え。勝ち点3落とした。それに得失点差もマイナス1だ。順位落ちるな、確実に。



「はぁ・・・終った、か」



顔を上に向けると、雨が顔を打ちつける。試合終了後も降り止むことはなかった。急に身体が重くなる。ソレでフと感じた。試合中あれだけ走り回っていたのに身体が重いと感じることはなかった。

最後に良いヘッドで反応した藤代の頭を叩いて、声をかける。周りの仲間にも同じようにする。落ち込んでる場合じゃない。早く整列してサポーターに挨拶に行くぞ。

この歓声を沈めることができないまま日本へ帰国することになったことは本当に悔しいけれど、気持ちを切り替えてホームで韓国を迎える次の試合は全く逆のことをやってやろうと思う。 スコアは2点以上で、完封で勝利にするけど。





哀しい雨
 (オレたちがアジアNo.1だって思い知らせてやろうぜ、というサポーターの言葉が忘れられない)





080205 家長碧華(拍手だったものをアレンジ)
 タイトル提供:BIRDMAN:天気で5題