3月8日。この日は待ちに待ったJリーグ開幕の日。相手は去年のJ1王者の鹿島アントラーズ。でもオレたちも去年のJ2王者だ。キャンプからJ1で戦える楽しさを感じつつも、レベルが高くなるという緊張感もあった。
開幕前日の練習は監督からも鹿島のFW名だとかが叫ばれていて実践を意識させる練習だった。それ以前にも感じていたことだけど、ホントにオレらはJ1に上がったんだと改めて感じた。
オレにはDFのやつの名前が何度も叫ばれ、意識させられた。日本代表クラスのDFが何人もいる。
ワクワクするが、ドキドキもする。プレッシャーはあまりない。そんなプレッシャーを掛けられる位置にオレらはいないから。
3月8日。鹿島のホームスタジアムに乗り込んだ。入場して相手サポーターの迫力にやられることもなかった。オレたちのサポーターも結構いて、そっちにかなりの勇気をもらったからだと思う。やっとJ1だ。
オレは大きく息を吸い込んで仲間の円陣に加わった。
円陣を組んでいるときに仲間がいつもより興奮しているのがわかった。気合も入っている。オレはソレを冷静に考えていて、なんだか笑えてきた。
円陣を解いて各自ポジションへつくときには、もうその興奮状態を押さえ、冷静になろうとしているのがわかった。
オレたちはやれる。
キックオフの笛が鳴り、ボールを一回転させ右サイドを駆け上がっている仲間にパスを出す。オレもダッシュで前線へ上がった。チャンスはいくらでもものにしたい。
周りを確認するために一瞬首を振ってみる。英士がいる。英士は今日は敵だ。いや、これからは代表以外は敵だ。前はオレはJ2、英士はJ1だったから戦うことが殆どなくて敵だって意識したことはなかったけれど、
今季からは違う。同じ舞台に立つ。敵なんだ。
シュートを何本か打つ。シュートを何本か打たれる。パスが中々FWまでこない。もどかしい。
前半終了が近づいてくるのと同時に段々大きく感じるものがある。ソレは圧倒的な差。パススピード、プレス、センタリングに読みの良さ。どれを取っても向こうはレベルが高い。
前半終了のホイッスルが鳴り、思わず空を見上げる。なんとか耐えた。無失点で折り返せる。だが、無得点。FWのオレはどれだけボールに触れただろう。それくらい押し込まれていた。
押し込まれる時間が長いのは誰もが予想していたことだ。卑屈な態度を取ることはない。
ロッカールームへ引き返そうとしたとき英士と目が合った。互いに笑いもしない。まだ試合が終わったわけじゃない。オレは疲れた身体を休めようとロッカールームへ歩き出した。
休憩を取って、再びピッチへ戻ってきた。「チャンスは必ず来る」というハーフタイムで言った監督の言葉を信じよう。
だが後半始まってそうそうに失点した。今までなんとか攻撃を凌いできたDFがとうとう崩れた。アシストしたのは英士だ。ゴールしたやつと喜んで、すぐに英士は自陣へ戻った。オレはソレを黙って見ていた。
相手チームのサポーターの声援がいやにうるさい。
試合終了のホイッスルが鳴ったときにはオレたちは4失点していた。チームの雰囲気は最悪だった。なによりオレはJ1とJ2がこんなにも違うのかとまぎれもない事実を突きつけられた気がしてとにかく悔しかった。
これからオレらはこのJ1で戦うんだ。気を緩めたつもりはないのに、引き締まった感じがして、更に悔しくなった。
癒すもの、
一列に並んで観客に一礼をする。相手チームの選手と握手をする。誰もが疲れ切った顔をしている。そりゃそうだ。きっと意気込んでここへ乗り込んできたはずだ。なのに0−4と大敗。そんな顔にもなるだろう。
一馬はどうしているだろう。周りを探すと一馬も握手をしているところだった。ここで「お疲れ」と声を掛ければどう思われるだろう。一馬でも「嫌味」と取るだろうか。オレはそんな意味をこめて言っているわけじゃないけど。
でも、ここで声を掛けない方がどうだろうと思い、歩み寄って一馬と呼んだ。振り返った一馬の顔はそれほど疲れた顔をしてはいなかった。少なくとも他の仲間より一馬の顔は晴れていた。
「負けたぜ」と一言言って手を差し出してきた。一馬はオレが思っていた以上にJ2で逞しくなったらしい。前の一馬ならこんな素直に負けを認めはしなかったから。
その手を握り返して思った事を言った。逞しくなったなと。一馬はソレをあっさり否定したけれど。
「強えな。もう強すぎだ。こんな思いしたのは久々だな」
「これからでしょ。うちだって、そっちだって」
「Jリーグ王者がこの強さ。なら、アジア王者の浦和はどんだけ強いんだってはなしだ」
レッズは確かに強い。でも、どこのチームには絶対勝てる、というのはない。やってみないとわからない。ソレがスポーツで、サッカーだ。
ゴール裏からは郭コールが響いていた。今日の成績は1ゴール2アシスト。絶好調だった。身体がキレていて、イメージ通りのサッカーができた。キャンプから自分を追い込んで、今日にコンディションを合わせてきた。
ソレが上手くいった結果だ。来年もこの調子でいこう。もう来年のことを考えている自分に、プロ意識が高くなったなと思う。
その郭コールに反応するように反対のゴール裏から真田コールが起こる。振り返ってソレに一馬が律儀に答える。両手を上げ、頭の上で拍手を送る。そして、最後に頭を下げた。
こちらに向き直った一馬の表情は苦笑いだった。
「その強いチームの中心が英士ってすげえな」
「一馬だってサポーターから期待されてるんでしょ。あっちのゴール裏、一馬の垂れ幕たくさんあるし。今だって真田コールすごいし」
「・・・次やるときはオレらのホームだ。絶対負けねえ」
「次も楽しみにしてるよ」
そう言ってオレはアウェイ側以外の観客へ挨拶をしに行く仲間の元へ加わった。コーチからベンチコートを受け取り、身体が冷えないように。まだまだ寒い。
「絶対負けねえ」と言った一馬のあの顔は心の中に闘志を燃やしている顔だ。一緒にプレーしていたからわかる。自分より上の相手にも臆することなくいくときの顔だ。
ああなったら一馬は本来持っているパワー以上のものを出す。
4点差で勝ったとはいえ、本当の勝負は次の一馬のホームに乗り込んでの試合だな。次こそ鹿島の力を見せつけてやろうか。
傷つけるもの
(王者としてのプライドが胸に光る一つの大きな星に詰まっている)
080310 家長碧華
タイトル提供:MISCHIEVOUS