翼とは高校を卒業してスペインへ旅立つ前に婚姻届をいっしょに提出した。「こんな紙切れでをつなぎとめておけるってわけじゃないけど、オレが向こうに行ってもオレっていうバリアが張れるからね」と
嬉し泣きしている私を更に泣かせた。そんなバリアなんかなくてもっていう言葉は全く聞き入れてくれなかった。「なんか困ったら、旦那がいますとかなんとか言えよ」と少し必死な翼が珍しくて笑った。
それから翼のいない日本での生活は淋しくて仕方ないものだった。週末の深夜に放送されるサッカー番組を欠かさずに見た。高卒で海外へ行ったということで注目度は抜群だ。毎週なんらかの情報は入る。
でも、流石に深夜に試合が(生)中継されることはない。そこまで世間を騒がせてはいないから。深夜にあるのは有名な日本人選手のいるチームだったり、世界的に有名な選手のいるチームの試合だ。
メールや電話はするけれど、姿が見たいとも思ってしまうんだ。テレビのない時代だったら私死んじゃってるよ。
そんな生活も1年が経った。スペインのリーグもオフに入って翼は日本に帰って来た。空港まで迎えに行って、翼を見つけた瞬間、駆け寄って抱きついた。
抱きついたままなにも言わない私の変わりに「すごく、を抱きしめたかった」と言って抱きしめられて私は泣きそうになった。
それから家に帰るまで私は翼の手を握って離れなかった。その様子に気付いた翼は笑って私の手をきつく握り返してくれた。
「オレはどこにも行かないよ」
「行っちゃうじゃん、スペインに。契約更改してきたんでしょ?テレビで見たもん」
「ああ、ソレ。スペインにも連れて行こうと思って」
翼の家に向かう車の中で翼は問題は解決済みだよとサラッと言った。チームの方にも伝えてあるらしい。家をプレゼントしてくれたみたい。海外ってすごい、なッ!!
私がビックリしている間も翼はマシンガントークを炸裂させていた。「外見しか見てないけど、スペイン独特の家で気に入ってくれると思うよ。
家具は流石に揃ってないらしいから日本でもスペインでもいいから二人で見に行こう。、オレん家でおふくろの味を教えてもらってたらしいから料理が楽しみだね。それと」
ちょっと待って!!とマシンガントークをなんとか中断させる。なんで知ってんの!?椎名家で料理教わってるの、なんで知ってるの!?
「母さんにメールで教えてもらったけど」
「お母さん!?」
「ごめんね、ちゃん。翼のためにって頑張るちゃんがかわいくて、かわいくて。翼に教えちゃった」
助手席に座っていた翼のお母さんが「ごめんね」と謝る。(ちなみに運転しているのは翼のお父さん)いや、そんな別にいいんだけど、せめて一言言ってくれればよかったのに!
出来た料理や作っている私を嬉しそうに写メっていたのはもしかして、翼に送っていたりしたのだろうか!「思い出よ、思い出」とかなんとかかわいく流されてたんだ・・・!と今気付く。
かわいいのはお母さんの方ですよ・・・と言いたくなった。
「だから向こうに行くまでに式を挙げたいんだけど」
「式?」
「結婚式。挙げたいだろ?ウェディングドレス着たいって言ってたしね」
「がすきそうな教会ピックアップしといたから」そう言う翼に2つ疑問が浮かぶ。ウェディングドレスが着たいとは言った覚えがある。けど、結婚式は教会がいいなんて言った覚えはない。
それに、すきそうなって言ってたけど好みも教えた覚えはない。
けど、そんなことはどうでもいいや。翼忙しいから結婚式なんて無理だろうなあって思ってたんだもん。挙げてもらえるなら私はどこでもいい。
それから、結婚式の段取りはちゃくちゃくと進んでいった。殆どを翼がやってくれて、頼もしく思う反面、私ってなんなんだろうと思わず苦笑い。
これからはスペインという日本語が全く通用しない地でやっていけるのだろうか・・・。
「なに考えてるわけ?」
翼に声を掛けられて思わずはっとした。結婚式はとうとう明日。スペインへ旅立つのは5日後。いろいろ考えてしまう。
翼とは結婚して1年を過ぎたといっても新婚1年目は殆ど会ってないわけで、結婚したという実感は全然なかった。ずっと椎名家でお世話になっていたからお母さん、お父さんともとても仲良くなったわけだけど。
「これからは翼の隣にいれるんだって思って」
「あっちの方が大変だよ?日本語通じないし、スペイン語覚えてないし、友達もいない。1年目はきっと堪えるよ」
「翼のいない日本も充分堪えるよ」
私には翼がいれば充分なんだから。いくら友達がいっぱいいたって翼がいなきゃ、どうでもいいってこの1年で気付いたんだから。
なんで翼はそうやってマイナスな方、マイナスな方へ考えちゃうのかな。スペイン行くまではそんなことなかったのに。スペインで変わったのかな?
「今日変だけど。明日不安なこととかあるわけ?」
「不安なことだらけだよ。唯一嬉しいのは、もう翼がいないって淋しがらなくて済むこと。よく翼一人でスペイン行けたね」
「・・・オレはすきなことしに行ったわけだからね」
ああ、なるほどーと納得して見せた笑顔が翼にはなにかが引っ掛かったらしい。急に抱きしめられた。
私たちは空いていた1年間分を取り戻すかのようにくっついていた。いや、厳密に言えば私が甘えていただけ、かもしれないけど。
だって翼って呼んだら「ん?なに?」って言って笑ってくれて、こんな当たり前なことが今の私には特別な気がして。思わず抱きついちゃうんだもん。
よく考えると翼が急に抱きしめてくるってこと少ない気がして、ドキドキする。私の首元に翼の額がのると翼のふわふわの髪がとてもくすぐったい。その髪にそっと触れるとやわらかくて気持ちがいい。
「今日、まだ笑ってない」
しゃべると息が首元にかかってなんだかゾクゾクする。そんなことないと伝えようとした私を遮るように翼は続けた。
「の作り笑顔と本当の笑顔くらい見分けられる。オレを騙そうとしても無駄だよ。・・・この1年で作り笑顔上手くなったみたいだけど、ソコがオレは気に入らないね。1年間そんなに作り笑いさせてたのかって。
自分に腹が立つ」
なんで翼が怒ってるのかとか私作り笑顔してたんだとかなんかたくさん聞きたいことはあるけど、こんな翼を見るのは初めてだからどうしたらいいのかわからない。いつもと逆だから。
翼に抱きしめられると落ち着くから、とりあえず抱きしめてみる。言葉も大事だけど行動も大事だ。翼はこうやって抱きしめてくれてイチバン言って欲しい言葉もくれるから効果は抜群だ。
私が今ここで言えば効果が2倍になる言葉ってなんだろう?全然思いつかない。翼はまだ黙ったままだ。この雰囲気は重く苦しいものではないけれど、なにか言葉をかけてあげたい。
私だって翼の笑顔が見たいんだから。
「翼、キスしてあげる」
そういうと翼はゆっくり私の首元から離れた。ビックリした表情をしている。思わず笑う。だって翼らしかぬ表情なんだもん。味方の選手がいきなり自分のゴールにシュートを打ったみたいな。いや、翼ならすぐ怒るか。
クスクス笑っていると翼も笑い始めた。うん、やっぱり笑顔だよね。
2人で笑いあった後、キスしてあげるといった私はキスされる側に回っていてまた笑った。
伝えたいことはもう君の中にある
(の存在の大きさがわかった1年だったと呟いた)
080311 家長碧華
(安室奈美恵/CAN YOU CELEBRATE?/心露さんリク)
タイトル提供:as far as I know