昨日の夜8時過ぎだったと思う。それくらいにの家に行った。リビングの明かりは点いていたし、学校から一緒に帰ってきたから絶対家にいると思って行った。
一応インターホンを押して、の声を聞く前にドアを開ける。いつものことだ。でも、その日はカギがかかっていた。(当たり前かもしれないけど、新田はのどかだからあまり用心していない)
変だと思ってもう一度インターホンを押した。いたらすぐに出てくるだろう。
インターホンを何度押してもは出てこない。なにやってんだよ、のやつ。ケータイを取り出しての家に電話をかける。ケータイを耳に押し付けていない方の耳からの家の着信音が聞える。
でも、が出る様子はない。留守電に繋がった。つい舌打ちしてしまう。(舌打ちをするとがいやがるから気を付けてはいる)ケータイを閉じ、尻のポケットにしまった。
風呂にでも入ってんのか?の家の風呂場はあそこだ。電気は付いてない。リビングしかついてないらしい。じゃあ、別に風呂に入ってるわけでもなさそうだ。どういうことだ?
つい、嫌なことを考えてしまう。リビングでが倒れてんじゃないか。は青波の様に身体が弱いわけでもない(むしろ強い方)のには青波と被るものが多すぎる。だから、と青波を重ねてしまうことがある。
あのなんでか安心する笑顔。触れられてもすぐには拒めない手のひら。自分よりも他人を心配するバカなとこ。殆どオレとは正反対だ。
青波が倒れるのを、苦しんでるのをよく見てるからか、オレの頭はどうしてもそっちに行ってしまうらしい。・・・実はオレがイチバン弱いのかもしれない。前に誰かに言われた気がする。ピンチの弱い、と。
ドアノブを握ったまま考え込んでいると背中から今、イチバン会いたかったやつがオレの名前を呼ぶ声を聞いた。振り向くとウィンドブレーカー姿のが立っていた。ランニング?
部活から帰ってきてからすぐランニングに行ってたのか?はサッカー部だから部活中に走りまくってんだろ。更に走ってきたのかよ。
「うあ、電気つけっぱでランニングしてた!」
当の本人はオレが心配してたのをわかるはずもなく、リビングに明かりが点いているのをみて笑っている。やっぱりは青波みたいに弱くない。充分強い。(いろいろと)
「電気代がもったいないなー、もう」と自分にブツブツ文句を言いながら、オレのほうへ近づいてきた。
「なんでランニングしてたんだよ?」
「あー・・・今日部活でいまいち動けなかったから。自分へのペナルティかな?」
考えることがもう女じゃない気がして、今まで心配してたオレがバカらしくなってきた。逞しいよ、お前。ペナルティなんてオレでもやんねえのに。でも、そこがらしくて笑えてくる。
変なとこは強いけど、変なとこで弱い。はそういうやつだ。
はポケットからカギを取り出して、差しこんだ。そうだ。オレもの家のカギを持ってればこんなことはもう起きない。
ドアを開けながら「そういえば巧どしたの?なにか用だった?」と尋ねてきた。用なんてたいしたことないんだ。なんとなく来ただけだから。オレはその問いをそれよりという言葉で遮った。
「それより、の家の合鍵ないの?」
はやっぱりおどろいた様子で「合鍵?」と呟いた。そして「あるよ」と続けた。そう言って指差したものは今、ドアに差し込まれているカギだ。今度はオレが驚かされた。は笑ってまた続けた。
「お母さんからもらったカギだもん、コレ。本当のやつはお母さんとお父さんがもってる。どしたの?合鍵欲しいの?」
「なにかあったら、オレの家に入れねえよ」
「そっか。まあ、入って!ちょっと待ってて」
はシューズを適当に脱いでパタパタと走って行った。どこ行ったんだ?オレは勝手知ったる我が家のように(実際第二のオレん家だ)リビングのソファに座った。
テレビのついていないリビングは静かで不気味だ。
その静寂を破るようにの足音が響いた。リビングに入ってきたときのは嬉しそうに笑っていた。
「巧にコレあげるよ」
手に押し付けられたとき冷たくひんやりした。ソレは、カギだ。がオレの隣に座る。ランニングしてきたせいで、ほんのり汗をかいている。
どれだけ走ってきたのかは知らないけど、短い距離はペナルティとは言わないだろう。つまり、長い距離を走ってきたのだ。それで汗がこのくらいだけなのだろうか。流石サッカー部だなと思う。
どのくらい走ったのかはわからないけど、女(しかもオレの彼女)のに負けている気がして、明日からはランニングの距離を延ばそうと決めた。
「ソレね、お母さんのカギ。転勤するとき置いて行ったの。お父さんだけが持ってればいいだろうって」
「じゃ、本当のカギじゃねえの?」
「そうだよ?」
「が持ってたほうがいいだろ」
「えー巧に持っててほしいな。その方がいい!」
そのカギをオレに押し付けて「お風呂入らないと気持ち悪いー!」と叫んで、またパタパタと走っていった。今度は「バスタオルがないー!」と叫ぶ。服を全部、脱ぎ終わった後に気付いたらしい。
置いといてやるから入って来い!と叫び返すと「ありがとー!」と言ってドアが閉まる音がした。
カギはとりあえずケータイのストラップの様にぶらさげておく。初めはなんか違和感があるけど慣れたらどんなストラップよりもいいストラップかもしれない。そのケータイをテーブルに置き、バスタオルを置きに向かった。
トレーニングを積むより大事なこと
(ケータイにうちのカギがついてるー!どこかの旦那さんみたい)
080329 家長碧華
タイトル提供:てぃんがぁら