今年の翼の誕生日の日は雨だった。4月の雨はあまりすきじゃなかった。雨自体あまりすきではなかったけれど、4月の雨は特にすきになれない。

学生のときは、4月といえば新学期。クラス替えはムダにドキドキしたものだ。翼とクラスが違ったらどうしようと心配していたけれど、私たちは3年間同じクラスだった。アレほど校長に感謝したことはない。 (クラス分けを校長一人で決めているわけはないだろうけど)だから、3年間校長のおはなしは我慢できた、と思う。そんな感じでソワソワしている時期にすきじゃない雨。最悪、の一言しか出てこない。

今は学生も3年前に卒業し、4月になってもソワソワ感を感じる事はなくなった。唯一感じるとしたら、2月頃だろうか。翼が移籍すると言って、引っ越さなきゃいけなくなるかな、と毎年思ってはいる。 別に私は翼の奥さんなわけだし、ついて行くだけだから、どこでもいいんだけれど。翼が楽しくサッカーできるならそれでいい。



、コーヒー飲む?」
「あ、飲むー。ありがとう」



外を見なくても、音だけで「あ、今日は雨だ」とわかる今日の天気がいやだ。せっかくの翼の誕生日なのに。あ、主役にコーヒー淹れてもらっちゃってるや。ごめんね、翼。と慌ててキッチンにいる翼の元へ駆け寄ると 「いいよ、別に。オレが飲みたかったから淹れただけだし」と笑って、コーヒーカップを差し出してくれた。お揃いのコーヒーカップ。お揃いのモノを使うのは未だに、すこし照れくさい。

お礼を言って、受け取ると、コーヒーのいい香りがして、思わず頬が緩む。翼の淹れてくれるコーヒーは、自分が淹れるモノよりも美味しく感じて幸せになれる魔法のコーヒーだ。 前に、そう言ったら翼は「ばかじゃないの」と言って笑った。でも、その笑顔が嬉しそうだったのを私はちゃんと見抜いていたんだ。

こうやって、特別な日にあえてのんびり過ごすのはとても貴重かもしれない。そう思うと、今までうっとうしかった雨も少しはすきになれる気がした。



「なんか、眠くなってきた」
「寝ていいよ?翼、疲れてるんでしょ?」
「疲れてないって言ったら嘘になるけど、今寝るのもったいない気がするからね。だから、眠気覚ましにコーヒー飲んだんだけど、意味ないみたい。全然変わらないし」



翼がもったいないという気持ちはわかる。私が翼の立場であったら、絶対に寝たくない。けど、今の私は私だ。眠いなら、寝て欲しいと思う私だ。身体が資本の夫に無理をさせるわけにはいかない。 翼が寝てる間に美味しい料理をテーブルいっぱいに作って、驚かせるっていう手もある。

いいんだよ、寝ても。と再び尋ねると翼は「んー・・・」と小さな声をあげただけだった。ソファで寝たら身体が痛くなるから、ちゃんとベッドで寝て欲しい。静かなリビングに雨音だけが響く。

ふいに名前を呼ばれた。小さな声だったけど、私の耳には確かに届く大きさで。自分の名前を呼ばれて心地よいと感じるのは翼の声だけだ。



「今年はオレの誕生日が雨。オレたち普段の行い悪いのかもよ?」
「なんでさー。私、翼のために頑張ってるつもりだけどなあ・・・。足りてないのかな」
「いや、は充分すぎるくらい、頑張ってくれてると思う。良い奥さんにめぐり逢えて、幸せだし」



そんなにスラっと言われると、照れる自分が恥ずかしくなる。翼はいつもそうだ。なんの照れもなく、言ってのける。ちょっとは言われる側の立場も考えてみてよ!

そう言ってもムダだろうと、なんとか照れを隠してみる。バレバレのようで、翼がニッと笑ってるけど。そんなことより!そう、去年の私の誕生日も雨だった。外にデートしに行く予定も中止。 遊園地、行きたかったのに。それで、今日だ。神様は意地悪だ。校長のように優しくしてほしい。

翼が目を擦って、座ったまま伸びをした。



「ホントは今日、を遊園地に連れてってやろうと思ってたんだけどね。前、すごい行きたがってたし。子供みたいに拗ねて、可愛かったけど」
「こ、こどもじゃない、もんッ!!」
「さあ、どうだろうね?子供っぽい奥さんだよ、オレの奥さんは」
「もー・・・ごめんなさいねー・・・」



翼は私の顔を見て笑い出した。なにさ、失礼ね!人の顔見て笑うなんて。眠気はもうなくなったみたいで、翼は残っていたコーヒーを飲み干した。翼がそんな計画を立てていくれているとは思ってもみなかった。 だって今日は翼の誕生日なんだから私を喜ばせなくてもいいんだもん。私が翼を喜ばせる日だもん。なのに私は、翼のソノ一言で嬉しがっている。 「すごい行きたがってたし」と覚えて、気に掛けてくれているということが嬉しくてたまらない。

私は翼に、こうやって「嬉しい」と感じる言葉をあげているのだろうか。今日は朝起きて、おはようの前におめでとうと言った。笑って「ありがとう」と返してくれて嬉しくなったのも私の方だ。その後、やわらかいキスももらった。 幸せなのは私の方で、もらってばっかりな気がしてきた。

誕生日プレゼントはまだ渡してない。夜のほうがいいかな?と思って、用意はしてある。

でも、翼からもらっているのは形あるモノじゃない。指輪とかネックレスとかはもらったけれど、たくさんもらっているモノは形のないモノだ。翼の言葉や態度、表情が嬉しくて、存在が愛おしい。

生まれてきてくれて、ありがとう。そう一言言ったら翼は喜んでくれる。わかっている。けど、そんなありきたりな言葉で伝えたくなかった。テレビドラマや小説などで使われているような言葉を真似るのはいやだ。 自分の言葉で伝えたい。

ソノ自分の言葉をすぐに文字にできたら、どんなに楽だろう。ボキャブラリーが少ない、とかそんなはなしじゃない。気持ちを言葉や文字にするのは難しい。もういっそ、ありのままを言ってしまおうか。 翼へ伝えられる最適な言葉が見つからない、と。

」と呼ばれて、気が付くと翼が私の顔を覗き込んでいた。



「なんで、難しい顔してるわけ?なに考えてたのさ」
「いろんなことをね」
「今日はオレの誕生日なわけだけど」
「うん」
「雨で、どこにも行かない。つまり、今日はにしか会わない」
「うん?」
を独り占めできる」
「私も翼を独り占めしてる」
「なのには難しい顔して、いろいろと考え込んでる」



「だから、なに考えてるのさ」と真剣な顔で尋ねてくる。正直に言ってしまえば、翼のことしか考えていない。だから、翼は自分に嫉妬してることになる。変なの。自分に妬いてるなんて。

クスッと笑みがこぼれる。翼は、頭上にクエスチョンマークが浮かぶような表情をして、私を見つめた。私、翼のことしか考えてないよ。そう答えたら、翼の表情はどう変わるだろう。「当たり前だろ」と言って笑うかな。 それとも照れたりするのかな。

そう必死に思考を活発に動かしているときに、ある言葉が浮かんできた。さっきまで悩んでいた翼に伝えたい自分の言葉だ。何故かこのタイミングで浮かんできた。この言葉は素直に言いたい。 こんな言葉は誕生日とか記念日にしか言えないと思うから。



「えっとね、翼」
「ん?」
「私ね、翼がいないと生きていける自信、ないんだよ。本当に」
「うん」
「・・・翼と出逢えて本当に良かった」



そう言い終わるか終わらないうちに抱き寄せられて、翼の細いけれどスポーツ選手だなあと感じる肩に額がぶつかる。後頭部に触れている翼の右手がとてもすきだ。腰に回されている左手だってすきだ。

今日、何回目のキスだろう、と考えながら、私は翼の腕の中で雨の音を聞いていた。





照れ屋な君に贈る、愛の言葉
 (オレはのために生まれたんじゃないかって思うよ)





080420 家長碧華(椎名翼誕生祭提出作品)
 タイトル提供:MISCHIEVOUS